「星、いつ見に行こっか?」
放たれた言葉は放課後の校舎に深く響いた。5時すぎだというのにあたりは真っ暗である。テスト期間が終わったちょうどその日、私用を済ませて帰ろうとしていたところにカカシ先生が現れた。他の生徒はテストの憂さ晴らしに出かけたのであろうか、外で部活をやっている人達を除けば、学校にいる人はほんの僅かである。
「カカシ先生!」
「遅くまでご苦労さま、藍夏ちゃん。で、どうしよっか?俺、ちゃんと待ったしいいよね?」
夏の日の地学室でのことをカカシ先生はどうやら覚えていたらしい。わたし自身忘れてたかって聞かれたらそれはもちろんノーである。忘れてなんているはずがないのだ。
「わたしがカカシ先生との約束破ると思いますか?」
「ううん、思ってないよ。ほら、こうして高校だってちゃんと約束して合格してくれたもんね。」
「じゃあ、そういうことですよ。」
「そうだね。じゃあ早速だし、次の土曜にでもしようか。流星群とかそういうのはないけど、観測には適してる時期だと思うんだよね。」
「カカシ先生が言うなら間違いないだろうしお任せします。わたしは素人だからなんにも分かんないから。」
「おっけー。じゃあ、土曜の夜迎に行くね。用意するのはあったかい格好ぐらいかな。」
「わかりました。待ってますね。」
とまぁこんな感じで話はサクサクと進んでカカシ先生と星を見に行くことが決定した。
迎えに来てくれたカカシの運転する車の助手席に乗って連れられてきたのは、小高い丘にある公園である。周りに建物はなくて夜の静寂にすっかりと溶け込んでいた。
「はーい、着きましたよ、お嬢様。」
「え、それ何キャラ?」
「執事。どー?こんな俺は?」
「却下。似合わない。」
「ハハ、バッサリと切ってくれたね。まぁせっかく藍夏と二人なんだしやーめよ。それと、今日は先生はよしてくれよ。」
「そっちこそ生徒扱いなんてしないでね。」
「りょーかい。」
そんなことを言い合いながら車から下りた。カカシは望遠鏡やらなにやら他にも荷物を持っていて、持とうか、と声をかければ、んー、藍夏はこれ持ってと随分と軽い手提げを渡された。
丘の上につくとカカシは望遠鏡のセッティングやシートを敷いたりして忙しそうにしていた。望遠鏡のセッティングとかは間違いなく手伝いなんてできないが、あれ取ってだのこれ取ってという言葉には反応して、カカシの手助けをした。
「はーい。じゃあ天体観測はじめようか。」
「わーい!」
「では、まずオリオン座から。」
「それくらい分かるよ!」
「まぁまぁ焦らないでよ。」
そうはいってもカカシがあげていった星を見る。
「あの、青い星がシリウスね。」
「シリウスって何座だっけ?」
「シリウスはおおいぬ座だよ。で、あのこいぬ座がプロキオン。そんでもってさっきのオリオン座のペテルギウスをつなげると、」
「冬の大三角!」
「正解。大六角はわかるかな?」
「ん?六角形なんてあるの?」
「あるある。ほら、ふたご座のカストルとポルックス、ぎょしゃ座のカペラ、おうし座のアルデバラン、そんでオリオン座のリゲル。真ん中がリゲルねー。ほら、大六角形の完成ー。」
「ほんとだ!ダイヤモンドみたいだね!」
「冬の夜空のダイヤか。いいね。」
それからしばらくして、わたしが興奮して望遠鏡でいろんな星を眺めていると、隣のカカシがおもしろそうに私を見て言った。
「こーやって見るのもまたおつだよね。」
望遠鏡から目をはなしてカカシのほうを見やれば自然と目が合う。目が合ったら、あのいつもの目が細くなった笑顔で微笑んでそのまま近づいてきた。
そして数秒後には気づいたらわたしはカカシの腕の中にいた。
「ちょっ、カカシ、どうしたの。」
「うー、やっぱり着込んでても寒いよね。ほら、二人でくっついてた方があったかいし?」
「わたしが聞いてるのはそういうことじゃなくて、」
「じゃあなに?いま俺の気持ち伝えてもいいの?」
「え……………?」
「なんでいまさらそんな顔するの。気づいてたでしょ?けっこう前からさ。」
「そ、そうは言うけど、わたしそういう気持ちよくわかんないし…」
「それって絶対分かんなくちゃダメなもんでもないでしょ?これから見つけてもいいんじゃない?」
「えっと、」
わたしが言いよどんでいると言葉を紡いでくれたのはカカシだった。
「ごめーんね。
やっぱり、こういうのはちゃんと伝えなきゃダメだよね。
いい?よく聞いててよ。
俺ね藍夏のことすっごい好きだよ。ほんとに大好き。」
それはカカシからの突然の告白だった。予想してなかった出来事にはたと驚く。好意をもたれてるのかは謎だったけど少なくとも嫌われてはいないと思っていた。だからこそ今ここでカカシに気持ちを伝えられてビックリしてしまったのだ。
「今すぐに答えて欲しいなんて言わないよ。大人だから待てるとかじゃなくて、俺が傷つきたくないだけだからさ。」
「カカシ…。」
「ほら、俺さ弱虫だからさ。伝えるのにもこんなに時間かかっちゃうんだよね。ずーっと、藍夏のこと好きだったのにね。ね?聞こえるでしょ?俺の鼓動。マスクじゃ隠せないもの。」
2人の距離はあまりにも近く密着しているので、カカシの鼓動の音はものすごく聞こえてくる。しかし逆を言えばわたしの鼓動もカカシにも聞こえているということだ。ドキドキしている。はっきりとそれが伝わっているのだろう。
「藍夏。
どんな結果を出してもいいし、俺はいつまでだって待てる。でも、これだけは約束して。
俺を拒まないで。」
返事はいらないとか、いつまでも待ってるだなんて、なんでそんなこと言えるんだろう。わたしのどこにカカシは惹きつけられたのだろう。自分の事にはとことん鈍いのは分かってる。それは前々から言われていたことだし実感だってしてる。ただ、分からないのだ。異性を好きになるということを。
こんなふうにドキドキだってするしときめく気持ちも分かる。でも、ピンとくるものがないのだ。恋に落ちるとはいったいどういうことなのだろう。そんな方程式や証明は教科書にだって載ってやしない。じゃあそれをどうやって人は知っていくのだろうか。そんなこと考えたらキリがない。キリがないが自分の中で答えが見つからなければ進みようもない。こんな無限ループな思考に陥っている自分が嫌すぎる。
答えなきゃ。
そう思ったら、思考とは反対に言葉が溢れた。
「約束する。わたしはカカシを拒んだりなんてしない。でも、答えは待ってほしい。いつになるかわたしも分からないけど。」
「うん。それでいいよ。ありがと、藍夏。」
カカシに抱きしめられたままであったが、わたしもカカシの背中に腕を回し受け入れを示す。それに安心したかのようにカカシはまた強く私を抱きしめた。
そして、離れた瞬間にそっとわたしの瞼に口づけを落とした。
寒空の下で残された熱。
(後にはもう、戻れない。)
(戻りたくない。)
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