あーらら、またあんなところで寝てるよ、あの子。
カカシはそう心の中で呟いて、地学準備室の窓から裏庭の芝生の近くにあるベンチで寝っ転がっている彼女を見つめた。
確かに今日は特別あったかいけど季節は12月の頭だよ。
まったくあの子の体は一体どうなっているんだか。
11月の後期の定期テストが終わって疲れが出たのか、彼女はここからでもわかるほど熟睡に近い感じだった。
ほーんと、何で俺はアイツのこととなるとこうも一瞬で変わってしまうんだろうな。
さっきまで熱中するくらい本を読んでたのに、彼女の姿をこの目で確認してからは、本ではなく彼女に釘づけになっている。
彼女のことを初めて女だと認識したのはいつからだったのだろうか。
季節のせいもあって感慨深いことを考えてみることにした。
確かあれは俺がまだ大学生だった頃。
ヤマトが大学のころからその才能と腕を買われて、職業用のネームを"テンゾウ"として名乗っていて、出版社からの依頼を受けて写真集を出したり、ちょっとした特集を組む時に写真の協力したりしていた。
そんな可愛い後輩が頑張っている姿を見に行こうかなんて、アスマの奴が言いだすから、それに乗っかって面白半分で、ヤマトのバイト先の店を訪ねた。その時に、店の応接室でソファに座ってヤマトと仲良く話す彼女を見つけた。
うん、出会いは至って単純。
その時の彼女はなんと中学2年生。
俺とアスマが大学4年で、ヤマトが3年だった。
まぁ、最初はもっと大人びて見えたんだよね。高校生かって思えるくらい。考えとかもはっきりしてたし。後から年齢をきいてすごくびっくりしたんだよね。
それから、彼女がよく来る時間帯や日にちとかをヤマトから聞いて、その日に合わせて行ってみて、タイミングを狙って彼女と話したりもした。
ストーカーみたいですよ、先輩。
ってヤマトにも言われたが、そんなのは関係なかった。
どうしてなのかはわからないが彼女の存在が俺の心をくすぶっていた。
大学生と中学生の接点なんてほとんどないわけで、少しでも彼女との関係を繋げているためには、どうしても彼女に会う必要があった。最初は会っても会釈程度だったり、ヤマトと話すだけの時もあったが、段々と回数を重ねていけば彼女とはどんどんと打ち解けて行った。大分仲良くなったころにはお互いのことを呼び捨てで呼び合うようになってた。
その頃の彼女が俺に対してどんな感情を抱いていたかはわからない。(アスマがふざけて聞いたときは知り合いのお兄さんみたいな感じって言ってた気もするが。)
けど、間違いなく俺は出会ったあの日から彼女に恋をしたのだと思う。
単純に歳の差とか関係なく、彼女の人間性に惹かれたんだって、それはハッキリと言える。
そして、今でも変わらず。
でも、それは表に出しちゃいけないってその時は思っていた。俺の気持ちを彼女に伝えてはならないって。
だから、彼女の前では必死に大人ぶるようにした。
俺は幸いにも教員免許をとれて、大学卒業後は木の葉高校への赴任も決まり社会人としての一歩を無事歩み始めた。ま、言葉ではどんなに取り繕っても心までは完全に変えることはできなかったけど。
ヤマトに飲み会だと称して絡みに行ったりすることも多くあった。その時はもちろん彼女がいるとき。ヤマトは俺の気持ちを知ってるくせに知らないようなふりをして接してくれた。そのすべてわかってますって顔は本当にタチ悪いよ。
で、その日もいつものようにヤマトのところに行ったわけ。もちろんアスマも一緒にね。そこで、まさかということを聞いてしまった。
彼女が進学を希望しているのが木の葉高校だってことを。
最初は疑った。
俺たちを驚かそうとしているんだろうって。
でも、それは違って彼女は本気で木の葉高校を目指していると言った。
それを聞いてどうしようって本気で焦った。
焦り半分、嬉しさ半分っていうのが正しいかな。
今まで俺がやっとこそ手に入れてきた会うチャンスを彼女自身からくれるなんて思ってもみなかった。
その時は大人な対応で頑張れよなんて言ったけど。
(そのあとの飲み会でヤマトとアスマに茶化されて、散々酔ったのもいい思い出。)
たまに勉強を見る機会とかあったけど、彼女は自分の力で頑張りたいと言って俺を頼りにすることもなかった。その時は悲しかったっていうよりは、彼女の意志の強さってものを感じたね。そりゃあ、男として頼られないっていうのは辛いことだけど、状況が状況だったし仕方ないって俺は思ってる。
そんで、春。
本当に入学しちゃったわけ。
しかも、俺のクラスっていうね。
今は吹っ切れて彼女への想いを伝えるまではいかないけど、それっぽいことはしちゃってるわけ。
だってさ、もう止めらんないでしょ。
好きなんだし。
というわけで、回想終了。
さて、と思って地学準備室を出た。
向かう先はもちろん彼女の下。
眠り姫には王子様の魔法のキスってことで。
学校だからムリだけど。
「このまま寝てると風邪引くよ?」
彼女の下へと着き、声をかけて彼女の方を見やればかわいらしい寝顔があった。
彼女の寝顔を見るのはあの体育祭の一件以来だった。
本当に学校じゃなかったらキスしてたよ。
勘弁してよね。他の男にこんなの見せたら許さない。
ゆさゆさと彼女を揺り起せば、寝起きの悪い彼女がむにゃむにゃ言いながら起きだした。
寝惚けたまま、
「どのくらい寝てました?」
って聞かれたから、
「ほんの五分程度だよ。」
と答えた。
白鳥に焦がれるアヒルの子。
(飛べない僕だけど君に恋していてもいいかな。)
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