12月になると、季節は一転して一気に冬の気配が現れ始める。
比較的地域としては寒い方なので、自転車通学には手袋を必要とするようになった。
首元も若干寒いがあいにく、去年の冬に買ってもらったマフラーをなくしてしまったわたしは、強がり気味でマフラーなしでの登校を試みている。
だが、それもあっけなく敗れそうだ。
学校へ着き、昇降口で下足と上履きとを取り換えていると、後ろから声がかかった。
「おっす、藍夏。」
振り返ってみればその声の持ち主はシカマルくんだった。
「あ、シカマルくんおはよ。」
シカマルくんはお隣のクラスなので、下駄箱も自然と近くなる。
さみぃな、と声をかけられながら彼の姿を見れば、マフラーに手袋にコートとすっかり冬仕度を完了したようであった。
「てか、お前上着なくて寒くねぇのかよ。」
「家を出た時は寒いけどさぁ、学校に着くころにはもうポカポカだよ。自転車族をなめちゃいけないよ?」
「へーへー、随分とご立派なことで。」
「あれだよ、シカマルくんも自転車でくればこの暖かさがわかるよ!」
「通学の自転車に1時間半もかけるなんてごめんだぜ、俺は。」
「でたな、めんどくさがり屋。」
「普通にこの距離はめんどくせぇとかそういうレベルで話されちゃ困るだろ。」
「まぁ、現実的にそうだよね。」
「それよりも…、」
後から来たシカマルくんが上履きに替えて下足を入れて、しゃあねぇと言わんばかりの顔で上履きを履きながら彼はわたしの元へと近寄ってきた。
そして、何をするのかと思えばなんとわたしの左耳にふわっと触れたのだった。
「耳、真っ赤、ほんとはさみぃんじゃねぇの?」
突然のことで言葉がでなかった。
自分の体にこんなに間近で他人から触れられたことがないので、わたしは半ば硬直状態だった。
「…っておい、聞いてんのか?」
「き、聞いてるよ!自転車通学だと、耳は守れないの!流石に防げないの!しょうがないじゃん!」
言い終わってから、わたし自身ハッとしてしまった。
「それは、そうだけど…、なんでいきなりお前怒ってんだよ。」
「…ごめん。」
そう。
あまりにも突然過ぎた彼の行動に、ついわたしは過剰反応をしてしまった。
どうやら彼にはそれが怒ってしまったようにとられてしまったらしい。
「あ、怒ってるとかそういうんじゃなくて…。」
「あぁ、別にいいよ、俺がいきなり触ったりしたのが悪かったんだし、お前がそういう態度とるのもしゃぁねぇよ、じゃ、俺週番だから行くな。」
違う。
そんなんじゃない。
怒ってたんじゃなくて…。
言葉を紡ごうとしても、なんと言えばいいのかわからない。
わたしが言葉を放ったときに、一瞬だけシカマルくんが傷ついた顔を見せたのが忘れられなかった。
こんな風に物事を整理している間にも、先に行った彼はどんどんと遠ざかっていく。
そうだ。違うんだ。
伝えるんだ。
そう思った瞬間にはわたしの足はすでに走り出していた。
先を歩いていくシカマルくんの後を追いかける。
廊下は走るな?
そんなのは知りません。
ダメだと言われればやってしまうのが生徒なんです。
それでこそ生徒なんです。
追いついた!
職員室の一歩手前の資料室の前で、全速力で走ったわたしはシカマルくんのコートの袖をグッと引っ張った。
「…待って!シカマルくん、さっきのは…。」
「藍夏?」
「さっきのはね、あの、怒ったわけじゃなかったの!」
ハテナマークを頭に浮かべながら、次の言葉を求めているような顔でこちらを向いているシカマルくんにわたしはさらに続けた。
「怒ってたんじゃないの!…さっきのは、
その、つまり………、
照れたの!!!!」
「は?」
ようやく口を開いたシカマルくんの第一声はそれだった。
「わたし、極度に緊張したり照れたりすると、早口になっちゃうの。しかも、声のボリュームも大きくなっちゃって…。」
それはわたしの昔からのクセだった。
クセというか悪い習慣だというか。
「それで、さっきも急にシカマルくんが、っみ、耳なんて触るから…。」
わたしがそこまで言えば、シカマルくんは納得したかのようにこちらを見て笑って見せた。
「藍夏、お前照れてたのか?」
「しょ、しょうがないじゃん…。」
「ククク、お前ホントにあれだな。素直っていうか。」
「もう、誰のせいだと思って…!」
「わりぃわりぃ。ほら、これで仲直り。」
シカマルくんは自分が巻いていたマフラーを外し、わたしの耳から首へと巻きつけてくれた。男性用のマフラーってこんなに大きいのか?いや、それ以前に男性用なんてマフラーにあったっけ?市販のってこんなに大きかったの?
巻かれている間にも、二人の距離は近く更に胸が高鳴ってしまうが、マフラーで顔が隠れたこのさいならば問題ない。
どうにでもなれ精神だ。
「これで、あったかいだろ?」
「…うむ。」
「帰りまで宜しくな、ソイツ。」
「わかった。」
「じゃ、今度こそ、またな。」
職員室に消えていくシカマルくんの背中を見送ってわたしも教室へと向かった。
短時間の間にいろいろなことが起きてなんだか頭が痛くてしょうがない。
気にもしてられない。
けれども、気にしてしまう。
初めて抱えたこの感情にわたしはただ翻弄されるばかりだった。
走り出した足は止まらない。
(シカマル顔赤いぞ?どうした?)
(うっせーアスマ、別に赤くねぇよ。)
((ふーん、そういうわけね、シカマル。))
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