季節は一気に秋に染まっていき、太陽の輝きが大分おさまって空が一段と高くなった気がした。
秋晴れがつづいている休日。
窓からは容赦なく光が降り注ぐが、そんなのお構いなしにせっかくの休日ということだし、わたしは部屋で二度寝を決め込むところだった。
枕元のサイドテーブルにあった携帯が震えた。
バイブレーターの音からして、それが着信を知らせるものだと言うことがわかり、急用では困ると思って、布団にくるまったまま手を伸ばして電話を取った。
「もしもし…」
『もしもし、藍夏ちゃん?』
「なんだヤマトさんか…。」
そう電話の相手はヤマトさんだった。
『なんだとは失礼じゃないか?というか君、今まで寝てたんだろう?』
「そんなことは…………」
『あったりするんだろう?ところで今日は暇かい?』
「今日は二度寝をする予定です。」
『はぁ…。まぁ、いいや。じゃあお昼頃にお店に来てね。それじゃ。』
言いたいことを言いたいだけ言って、ヤマトさんは電話を切った。
いったい何があるのだろうか…。
ヤマトさん新作でも作ったのかな。それともまたなんかの取材の手伝いかな。
そのまま携帯で現在時刻を確認すると10時をさしていて、せっかくの二度寝を諦めてヤマトさんの店へ行く準備をした。
とりあえず、なにか収穫があればいいなと思って、いつものバッグにカメラやメモ帳などを詰め込んで軽く食事を取って家を出た。
正午きっかりにヤマトさんのお店につくと、店のドアにはCLOSEDの看板があって裏口に回ってコンコンとドアをたたくと中からヤマトさんがドアを開けて出てきた。
「いらっしゃい、待ってたよ。」
「いったいぜんたい何があるんですか?」
「まぁまぁ、それは見てのお楽しみだよ。さぁ、入って。」
ヤマトさんに促されるままに店の中に入って、近くにあったソファに座った。
その向かい側にヤマトさんが座って、後ろにあった雑誌を一冊取りだした。
「ヤマトさん、なにか新しい雑誌でもだしたんですか?」
「まさか。今は違う方で少し忙しいんだ。それよりもこの写真に見覚えは?」
そう言ってヤマトさんは付箋が貼ってあったページをだした。
「…………え。」
そのページにはこの前行われた写真のコンテストの結果が発表されてあった。
そして、特選と大きく書かれてあったページの下には、ネタ探しに困って学校をフラフラとしてたときに撮った、シカマルくんの後ろ姿が映った写真があった。
「ヤマトさん、なんでこれが…!」
驚いてヤマトさんの方を見やると少しだけバツが悪そうな顔をして見せた。
「勝手にごめんね。でも、気に入っちゃってさ。」
「だからって…。」
他のページも見ると、入選のところにわたしが提出した写真が載っていた。
その下にはわたしの名前がきちんと書いてあった。
あれ、それじゃ、あの特選の写真の下には…?
急いで元のページに戻って確認してみると、
"Indigo Summer"
と、書いてあった。
「ヤマトさん…これってもしかして…。」
「うん、勘の良い君ならすぐにわかると思ったよ。察しの通りだよ。確かに君は井上 藍夏としてこの写真を出した。でも、僕がそんなのはもったいないと思って、君に現像を頼まれた写真の中でこの写真があってそれが気に入ってコンテストに出した。」
「…Indigo Summerって…。」
「君にぴったりじゃないかなって思ってさ。」
「でも、たしかこの応募には住所とかそういうきちんとしたものが必要なんじゃ。」
「そこら辺は気にしなくて大丈夫だよ。全部カカシ先輩のところに届くようになっているからさ。」
「え、カカシ先生のところに…?」
「そうだけど、なにか問題あった?学校で毎日会うんだしすぐに渡してもらえると思ったからね。」
ヤマトさんはあまり表情を変えずに言った。
このひとは絶対色々とわかっている。
わかった上でこんなにも余裕綽々としてわたしにこう詰め寄ってきているんだ。
「別に問題なんてありませんよ…。」
わたしが観念したかのように呟けば、ヤマトさんは続けた。
「これで君の実力はわかっただろう?きちんと評価の部分もみなよ。」
「"今回の特選は新顔の登場である。学校生活の一部分の一瞬を見事にカメラにおさえた作品だ。被写体自身から感じられるものをそのまま映したようで非常に素晴らしい。今後の作品にも期待したい。"」
「うん。そういうことだよ。君は撮るものの本質を撮れてる気がする。もう一個のほうは?」
「"今回の撮影者は前回よりも雑なものが感じられる。もったいないという言葉があてはまるだろう。しかし、それはそれとしてこの写真からは力強さを感じられる。"
というか撮った人が一緒ってことになんで気づけないんですかね?」
「君ぐらいだと思うよ。撮った人のこともわかるなんて。」
「そう、なんですかね…。」
「まぁ、とりあえず、お祝いさせてもらうよ。おめでとう、藍夏ちゃん。」
「ありがとうございます。」
それから世間話をしていればヤマトさんの携帯に一本の電話が入った。
ごめんね、と言ってその電話に出れば、よそいきの声から身内にかける声に変わった。
「先輩、どうしたんですか?……え?合コン?行くわけないじゃないですか。………いや、でも、僕は………。あ、はい。今回は………。はい、それじゃ。」
そう言ってヤマトさんは電話を切った。
そしてソファに戻って、はぁとため息をひとつついた。
「もしかして、今の電話の相手って…。」
「カカシ先輩だよ。」
「やっぱり。」
「そんなに嫌な顔しなくてもいいだろう。大体藍夏ちゃんとカカシ先輩ってかなり仲良しじゃないか。」
「………そんなんじゃないです。」
「そういえば、この前もカカシ先輩が来るって言った途端急によそよそしくなっちゃったよね?何かあったのかい?」
ずけずけとイタイところを突いてくるヤマトさんにわたしは上手に返すことができなかった。
「なにかが、あったわけじゃないんです。ただ、分からなくて…。」
「それはつまりどういうことかな?」
「それがわたし自身でもわからないから困惑してるんです。だって、なんかカカシ変わっちゃったから。」
「そうか…。じゃあ、ゆっくり探していけばいいよ。カメラを通して向き合うの方が藍夏ちゃんは得意だと思うけど、案外カメラを通してみないときの方が君は向き合えると思うよ。」
ヤマトさんにそう言われて、少しだけ抱えてきた気持ちが軽くなった。
ヤマトさんは知っているんだと思う。
でも、それをあえて口にすることはせず、自分で答えをさがすようにしてくれる。
それが彼の優しさであって、彼の願いなんだと思った。
「ヤマトさん、ありがとうございます。とりあえず自分でできる範囲で探してみます!」
「うん。それでこそ藍夏ちゃんだよ。」
そう言って軽く頭を撫でてくれた。
そして、今日はもう遅いからと言って家への帰り道の途中まで送ってくれた。
レンズの向こうに反射した光。
(カカシ先輩の頑張りどころだな。)
(それにしても彼女は自分自身に疎すぎる。)
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