蜩の鳴く声がやけに切なく感じさせるのが夏の魔法だろうとわたしは思う。
夏なんて暑くてじとじとしていやだなぁーなんて思っていても、実際に楽しむ側になれば、それはいとも簡単にひっくり返る。
なんて、夏マジック。
そんな夏の夕方にわたしは目的地へと向かっていた。わたしを待つのは例にもよって例の先輩方。
走りにくい格好なので、足元はだいぶおぼつかない。
それでも、待ち合わせ時刻ギリギリなので少しでも急ごうとする。
軽くしてもらった化粧も落ちてはしまわないかと若干気にする。
2分半程遅刻してわたしは待ち合わせの神社へと着いた。
「すみません!遅れました!!」
別の方向を向いていた先輩たちに後ろから声をかけると、先輩たちは驚いた顔をしてみせた。
「おい、藍夏、お前はどんだけ人を………っっっ!!??」
「そうだぞ、おそいぞ………うん??!!」
「準備が思った以上に手間取って…、あ、二人とも浴衣なんですね、とっても似合ってますよ?」
ニコッと笑って遅刻を帳消しにしようと働きかける。いつもなら利かないが夏マジックのためか、2人は黙ってしまった。
「男が似合ってるとか言われても嬉しくねぇんだよ!!大体お前のほうが似合ってるっつーの!」
「え、なんでサソリ先輩そこで逆ギレ?」
「藍夏、お前来るとき大丈夫だったか、うん?」
「あー、なんでしょう、浴衣で走るというか早歩きってみっともないですよね?すこしいろんな人に見られました。お恥ずかしい。」
「「(やっぱり、コイツ無自覚だ!!!)」」
「それよりも、はやく屋台で美味しいもの買って、特別席に行きましょう!デイちゃんの花火楽しみ!」
そう言って川原への道を歩き始めると、うしろから追いついてきた先輩たちがわたしの手をとって歩き出すので、とても緊張した。
「え、どうしたんですか?いきなり?」
「浴衣じゃあるきにくいだろうからな、うん。」
「たまにはいいだろ、こんなのも。」
不良ではあるがイケメンの部類に入るこの二人と手を繋ぐだなんて両手に華だと思った。
そこから屋台の並ぶ川沿いにくると、いい匂いがあちらこちらから香る。
その香りに魅せられた人々が群がってしまうのも無理はないだろう。
「先輩、ここからは戦争ですね!!!」
「そうだな、うん。」
「ゲッ…、ここにはいるのか?」
「毎年のことですよ!それじゃ、いつもどおりの作戦でいきますよ?」
「わかったぞ。俺は焼きそばだな、うん。」
「大体なんでおれがいつも二品なんだ。チッ、りんご飴とカルビフランクだな。」
「わかってらっしゃる!わたしは締めのクレープといかせていただきます!」
「「「それじゃ、特別席で!散!」」」
こんな人ごみを集団で回るのはどう考えたって不利なので、わたしたちは毎年こんな風に役割分担を決めておく。
効率的かつ、迅速に行動するために作ったものだ。
わたしもクレープを買おうと屋台を探す。しかし、クレープの屋台なんて何個も出ていてどれが美味しいのか疑問になる。
少しの間考えていると、後ろから久しぶりの声が聞こえた。
「藍夏ちゃんだってばよ!」
「ナルトくん?」
みれば、ナルトくん率いるイケてないーズの集合であった。
「藍夏、浴衣じゃねーか!暑くて動きにくくね?」
「アクティビティーなわたしには辛いモノがあるよ。よくわかってるねキバ。」
「ここでなにやってんだ?」
「ちょっと、美味しいクレープ屋さんを探してるのよシカマルくん。」
「それなら一番奥のだけど、あそこが一番美味しいよ?」
「その情報ありがとう!チョウジくん!チョウジくんの情報なら確かだね!!そこに決めたよ!」
ありがとう!ともう一度告げて走り出したのは一番奥のクレープ屋台。
「なぁ、キバ、あいつ誰ときてたんだってばよ?」
「僕もそれ気になったんだよね〜。でもクレープいいなぁー僕も食べたくなったよー。」
「チョウジ、お前手にあるじゃがバター食ってからにしろよ。」
「あぁー、多分あいつはサソリ先輩とデイダラ先輩と来てると思うぜ。中学の時もそうだったからなー。」
「その先輩ってあのちょっと怖そうな人達だってばよね?」
「あぁ、でもあいつあの先輩たちにかなり気に入られてるからな。」
シカマルは納得はしていないもののどこか不満気な顔でそれを聞いていた。
「クレープ、クレープと!」
人混みをかきわけてクレープ屋にむかっていると、男の人に腕を掴まれた。
「きゃっ!」
「おい、ねーちゃん可愛いね?」
「ひとりなの?急いでどこ行くのかな?」
「俺たちとちょっと遊びに行こうよ?」
し、しまった!!!!!!
タチの悪そうな酔っぱらいのナンパに捕まってしまった!!!!
どうしようこれはめんどくさそうだ。しかも、手を離してくれないし…。
「あの、わたし、ツレが待ってまして、クレープをですね、はやく献上しないと命が危ういんですよ!!!!」
「クレープぅー?」
「へへへ、可愛いなー。」
「クレープなら俺たちが買ってやるよ。」
完全に囲まれてるし、他の通行人ガン無視だし。ほんと誰か助けてくれよガチで。
「もうー、急いでるんですって!!!」
いつもならかわしてとくいのダッシュで逃げるが浴衣じゃそうもいかない。
そして、わたしの手を掴んだ男が、
「いいから、来いよ。」
と、無理矢理引っ張って行こうとすると、その男は、思わぬ人物の登場によって阻まれた。
「その、下衆な手で彼女の手をつかむのはやめてくれないかな?」
細長いシルエットに光る銀髪。そして、真夏だというのにマスクをしているその人はわたしの担任であった。
「カカシ先生?!」
「あぁん?!先公だ?」
「先公がなんだよ?」
「邪魔すんなよ!」
「こっちも手荒な真似はしたくない。早く去れよ、下衆共。」
わたしをかばうようにして、自分のうしろへと隠したカカシ先生の表情はわからなかったが、男たちの様子からして余程の眼力をつかった睨みをきかせたのだろう。
男たちはおずおずと逃げ帰っていった。
それを確認して、振り返ったカカシ先生はわたしをふんわりと軽く抱きしめた。
これは抱きしめたというか、包まれたというか。
それでもどこか暖かさを感じた。
「頼むからこれ以上心配をかけさせないでくれ。」
搾り出したようにカカシ先生が呟いた。
「ありがとうございます…。カカシ先…」
「先生は、なしだ。確かに俺は藍夏を先生という立場から助けたが、俺は一人の男として藍夏を助けたんだ。」
「うん…。」
「今だけは俺を男として認めてくれ。」
「ありがとう、カカシ。」
そういうと、カカシ先生は、わたしを腕から解放して、わたしの頭を軽く撫でた。
そして、うしろから聞こえてくる足音の方にふりかえった。
「おい、カカシ、大丈夫か?」
「アスマ先生に紅先生!」
「おぉ!藍夏か、俺たち三人で来てたんだよ。ヤマトも誘ったンだけどな〜。撮影とかなんとかでいないらしいんだわ。」
「そうなんですか。」
「じゃ、そういうことだから、藍夏ちゃんも気をつけてネ!」
そういうと、先生たち3人は仲良さそうに歩いていった。
「いいのか?カカシ?」
「よくないけど?」
「なら、どうして?」
「気づかなかった?彼女のナイトは思ったよりも多かったって。まぁ、今日は俺の1人勝ちだけど。」
「はぁ?」
このときカカシは気づいていた。
彼女を心配して後からついてきた少年がいたのを。
「まさか、シカマルがね〜。」
その声は夜の闇へと葬りさられた。
「くっそ、胸糞わりぃもん見ちまったよ。」
シカマルはやり場のない無力感による怒りを抑えることができなかった。
そして、またここにも…
「藍夏!お前男に絡まれたって本当か?!うん。」
「あ、そうなんだよー。びっくりしちゃった。」
「大丈夫か?!なにかされたのか?」
「いや、なにも。」
「ちゃんと気をつけろよ。まぁ、俺たちが助けてやれなかったのがなんだけど…。すまねぇな。」
「気にしないでください!あのカカシ先生が助けてくれたので…。」
「おう、そうれならよかったな、うん。」
「(カカシの野郎が…??)」
そして、また三人で手をつないで特別席へと向かうのだった。
夏マジックと19:28の喧騒。
(先輩たち、また来年も三人で見ましょう)
(当たり前だろ、うん。)
(無論だ)
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