※オビトさん生きてる、捏造



白黒の世界に生きるというのは、どのような心地であろう。波長の違う光線が屈折を重ねて世界を彩る。望まずとも、ヒトの視界は生まれた時から色に溢れている。忘れてしまっただけで、母親の子宮の中、ぷかぷかと揺られながら長いこと見続けた腹の内の色、透き通るような自身の肌の色、眼球を形成する細胞が生まれ神経が脳に届いた頃から我々は色との共存を始めていた。
カーテンの隙間から一筋、光が瞼の少し上を焼く朝。布団は暖かく脱出困難であるのを、意を決して起き上がろうというところを尽く阻止された。布団から伸ばされた手が腕を捕らえて離さない。しまった、罠を見落としていた。
「おはよう」
「珍しくお早い起床ですこと。まだ寝ていていいんだぞ」
「カカシも、もう少しゆっくり起きたらいいんじゃないか。まったく几帳面なんだから」
「お前と違って遅刻常習犯になりたい訳じゃないからね。朝ご飯もほら、今日は子どもたちの分まで食べていかないと」
「ははん、相変わらずの”テスト”ね。カカシに当たった子たちは可哀相だなぁ。その内上からまた、お前は教師向きじゃないってどやされるぞ」
「オビトは俺のやり方に賛成派じゃなかったか?」
「そうだっけ」
「ほら、放して」
いいじゃん、まだ時間あるだろうなんて、布団の中に引き戻される。起こしていた上半身は問答の間に冷えてしまっていたから、身体に巻き付く肌の体温を奪って息をつく。冷たくはないのか、人一倍平熱の高いオビトと低血圧の自分とでは間を取って丁度良いのかもしれない。マスクをしていない首筋に息が掛かる。ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、体温は中和。左目の傷を丁寧に辿る熱い指。なに?と右の視線だけで問えば、じいと見つめる表情はそのまま。それで俺は困ったように笑う。それからゆっくり、左の瞼を持ち上げるのだ。
彼の”眼”を貰い受けて数年、あの谷で死んだと思われていたオビトが里に帰ってきた。致命傷と思われた全てが嘘のように、五体満足。幻かとさえ思う。禁術か、何が彼を生かしたか、覚えていないのだという彼を追求する者はいなかった。当時彼の死を確信し、大戦を生きた俺に全ては委ねられ、彼は偽名で里に生きることを許された。火影と一部の忍を除いて、慰霊碑に確かに刻まれた”オビト”の生存を知る者はいない。残されたのは、片目を塞いだ若い男。命の代償か、彼の左目は色を失っていた。車輪眼の能力も機能しない黒い瞳には靄がかかる。モノトーンの世界。
「いずれ見えなくなる」
多分ね。そう彼は笑った。
「ヒトだっていずれ死ぬんだ、それと同じだろ」
付け加えた彼の残された生を、按じて俺は言葉を言えなかった。
白黒の世界に生きるというのはどのような心地であろうと以前、共に暮らす部屋の全てを黒と白に置き換えた時、オビトは困ったように笑ってやめてくれと言ったからもうしない。少年の頃人一倍喧しかった面影は消え、真っ直ぐで茶目っ気があり、万人に好かれる性格の彼はけれども確かに懐かしさを感じさせるオビト本人の成長した姿だった。当時の俺といえば彼を軽んじまともに向かいあったこともなかったから、当たり前といえばそうである。
「カカシは根っから暗いからなぁ。そのむつかしい顔、治したほうがいいぜ」
「オビトの目は節穴なんじゃないの。これでも緊張感のない教師で通ってるのよ、最近は」
オビトが里に帰還して俺が暗部を抜けたことを、彼は複雑に思っているらしいがそれは身体の関係がクリアーじゃなくて同棲までしてる相手に対してどうなのかと思う。暗い性格なんてのは思い違いだ。
「死ぬ確率は格段に減るんだから。俺が死んだら困るでしょう?」
「俺のためかよ。なんだか女々しくて嫌だな」
でも、いなくなるよりいい。
昔俺が同じことを思い、今も想っていることだ。泣きたくなって、オビトはもっと泣きたいらしく、震える手で俺の頬までのびた傷に触れる。彼のものである瞳が覗くと、彼は嬉しそうに一度きり泣いた。
「綺麗な朱色だ。なあ、カカシ」
俺の存在を確かめる手段であるかのように、オビトは左目のあかを視認する。白黒の世界にたった一粒の色。
「また遅刻だよ、オビト」
裸の男二人抱き合って、互いの存在を実感して生きる。そんな毎日だ。


(121214/無題)

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