しんと凍るような空気に肩が強張る。マフラーに埋めた口から吐き出される息が湿り気を帯びて、そこだけがあたたかかった。足早に帰路へ。築何年も経つアパートの前までくるとようやく、コートのポケットに突っ込んだままの手を渋々取り出し鍵を開けた。
明かりはついている。床の冷たさを薄い靴下越しに感じながら、居間の戸を開くと暖房のきいた温い空気。
「おかえりぃ」
部屋の持ち主のそんなだれきった声に俺はぽつり。
「いたんスか」
それは心外だ、と笑う家主。家賃はきちんと納めているらしいし、その気になれば俺なんかいつでも追い出せる権力者だというのに実情、何も言ってこないものだから好き勝手させてもらっている。元々カノジョの部屋に転がり込んでは半同棲状態で、ここへはあまり帰らない人だ。めずらしいと思ったが、家主がここにいておかしいこともない。
「ただいまくらい言いなよ?」
「はぁ、ただいま」
「おかえり。鍋の準備できてるよ」
どうりで、部屋にずっと旨そうなにおい。
「もしかして、もうごはん済ませてる?」
「まあ、でも食います」
本当は腹にそこまで余裕もなかったが、明らかに一人前には多い鍋を前に箸を取るのは俺にしては気遣いだったと思う。余らせるのは勿体ないし。食の細いこの人が食べ切れる訳もない。
結局シメの雑炊まで平らげ、皿を洗う及川さんの背を横目に仰向けに転がった。苦しい。こたつのあたたかさと流しの水の流れる音が、心地好く、意識は、途切れて。
目を覚ますと部屋はまだ明るく、時計は2時をまわったところだった。部屋はすっかり冷えきって、こたつだけが温かい。
「起きた?」
眠い目を擦って頷くと、読んでいた本を閉じて、布団を指す。
「寝直そっか」
明日も早いのだった。寝起きの体温に布団は冷たく、及川さんの熱を頼りに眠った。

(121125/渡り鳥、冬)

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