夏の暑い日でも涼しい顔をして、暑苦しくおろした前髪の下、レンズ越しに彼は前を見ていた。目標との距離を正確に捕捉する眼。とろけて滴るアイスを大急ぎで食べながら、隣を歩く俺。汗が止まらない夏。
「真ちゃんも買えばよかったのに」
アイス。食べる?ガリガリとした食感が売りのソーダバーを傾ければ、いらないという、そっけない返事。
「食べながら歩くのはマナーが悪いのだよ」
それに、手が汚れてしまうだろう。テーピングをいかにも几帳面に巻き付けた指が俺を指す。確かに、垂れたアイスで俺の手は少しばかりべたついているけど。真ちゃんはこういうの気にしそうだもんね。舐めたりとか、絶対しないタイプよね。まったく、だらしがない、そんな風に小言を言いつつかばんからティッシュを取り出して、「やるから使うのだよ」。真ちゃんが言う割に優しいことはもう知っている。まだ食べ終えないから、受け取ったティッシュにはポケットで待機してもらうことになるのだけど。タイミングとか、言葉とか、そういうのを選ばない率直な言動に戸惑う人間は俺の周りにもまだ多い。彼のデレに気付いてほしいのと、もったいないのと、俺の気持ちも半分半分。真ちゃんのことは本当のところ、俺だってまだよくわかってない。
例えば中学のこと。バスケがたぶんめちゃくちゃ好きなのに、ここまで捻くれてしまった理由。今ここでチーム組んでバスケしてれば、楽しければもう、なんでもいいじゃんな性格の俺にしてみれば、そんな奥まで根を張る記憶なんてと思ってしまう。けど、たまに、違う。今日みたいに、ほらだって中学時代に真ちゃんが誰とこうやって放課後を過ごして、部活帰り、アイスを食べたりしたのかとか俺は知らないけど。チョイスがまるで女子だったり、べったべたに食べ方汚かったり、2Lアイスだったり、馬鹿をする友人を呆れ顔で眺めたり、そんなよくある部活帰りの景色を俺の後ろに見てる。違うじゃん、無敗を誇ったあの頃にだって、楽しい思い出もたくさんあるんじゃないの。
「ね、アイスってどう食べんのが正解だと思う?」
「高尾は、上からばかりで下に気を使わないのがいけないのだよ。溶けた滴は重力に従うのだから」
「いやいや。実際そんな単純なものじゃないんだって」
(緑間くん、その食べ方はまだまだツメが甘いです)
「…知っているのだよ」
何故だかあいつは食べるのが妙に上手かった−。うん、真ちゃんてばまたそうやって、俺の後ろに誰かを見てる。影に何かついてるみたいだ。誰が?「高尾」呼ばれているのは本当に俺?
「高尾、こぼれる」
「え?ああっ」
瞬間、ソーダの水色が滲んで消える。捕まれた手首は変な角度で引き上げられてちょっと痛い。ぼけっとした俺の目の前で、最後のかけらが彼の舌に掠め取られていった。真ちゃんのべろは赤かった。
「危なかったのだよ」
「真ちゃん…ひとのこと言えない………いまのはマナー違犯です」
ごちゃごちゃ考えている暇なんて、この人間を前にしてありえない話だったのだと悟った。ある夏の日。


(120804/とけるとける)

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