「ハジメマシテ」の挨拶は棒。無理もない。いきなりこんな面構えの悪い男を押し付けられてはな。まったくだ、俺だって好きでこうしているわけではないのだから。
鳳仙も面倒な仕事を押し付けてきたものだ。直属の上司の命とあらばヤですよと一掃、断ることも出来まいて。今まで十二分に尽くしてきたのに、その従順さたるや母が見れば涙を流すほどのものだったというのに。見事なまでの手返し、扱い、粗雑だ。俺だってこう見えてまだ二十代の若造で、野望はないが野心くらいならば、いくらかは残っていただろう。これからを好きに生きたい年頃、子供のお守りスキルを身につけるには些か早いんじゃなかろうか。なあ、旦那に拾われて幾年月、それなりに好戦的だったし、仕事はきっちりこなす派だったし、オンナには疎いが、機械の機嫌を損ねた試しはない。そこそこの昇進スピードでそこそこの地位を手に入れた。そんな矢先によくもそんなしれっとした顔で、クビを突き付けることができるよな。今度ばかりはうまく手に職つけたと思ったんですけど。
「そんなわけで、あんたの世話係みたいなもんになったんで。阿伏兎っていうんで。よろしく」
「そう。で、今から相手してくれんの?」
くそつまんなそうに視線はどっか違うところをさ迷わせて、サラッと教育係を付けられる原因ズバリな発言をかましてくる上司の旧友の息子。神威とかいったっけ。旧友じゃなくて悪友だったか。悪友の息子は悪餓鬼だった。悪いがその挑発には乗ってやらない。今までそうやって何人の同業者をヤってきたんだちびっ子。予想以上にひょろくてちまいもんだから一瞬間違いかと思ったが、虎の子でももう少し可愛いげがありそうだ。
「こりゃまた遠慮、」
するとでも?言うと思ったかスットコドッコイ。あー。もう、勘に触って仕方がない。右ストレート、避けるよな、左上段は重い蹴り。
「いらねぇよな。遠慮」
「いらねぇですよ、オニーサン」
人は見掛けで判断しちゃいけないっていうのは昔の偉い人はやっぱり正しいことを言うもんだ。可愛いツラして怪物みたいな野郎の手刀は恐ろしく鋭利で開いた瞳孔はギラギラとまるで捕食者の目、だが俺のよく誤解される見た目には騙されることなく奴はオニーサンと呼んだのだ。俺を。
その日はボコボコにされたがめげずに次の日もその次の日も気の優しいオニーサンたる俺は奴に殴られに行ったのだった。思えばいつ殺されてもおかしくない危うい賭けだった。血生臭い戦の最前線で俺がそれなりに生き急いでみれば、神威はそれは楽しそうにその数メートル先を飛んだ。
宇宙海賊たる組織の末端、下っ端の下っ端から俺と神威の無機質な生活は始まった。その時はただ、殺して、食って、糞して、寝る。それだけの基礎代謝で不思議と退屈はしなかった。


(120709/人生ってわりと楽しい)

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