何となく窓を開けて机に向かおうと思った。何となく、夜風のひやりとした空気を部屋に取り込みたい気分だったのだ。
真夏であってもエアコンなしで生活に支障をきたさない自分は、他の人間から見ればひどく体感がおかしいらしく、体育等で外周をさせられた日には汗ひとつかかずにしばしば非難の目を浴びる。おそらくは桑原や、浦飯に限ってはもちろんのこと、そのくらいの運動では息さえ上がらないだろうけれど。普段から室内で過ごす時間の方が長いせいか、モヤシに見られている節があるのがなんとも哀しい。
そういうわけで、普段であれば、車やバイクのエンジン音が耳障りということもあって、夏でも部屋を解放する回数は多くない。それが今日に限って、外は静かで明かりは少ないものだから。
「ふん、真面目なことだな」
「学生の本分は勉強ですから」
気配もなく現れた腐れ縁は、皮肉を零して窓縁に座り、何となしに刀の手入れなどを始めたりする。
「毎度思うが、暑くないのか。この部屋」
「君は炎を扱うのだから、熱さには慣れてるんじゃないんですか。妹さんは、こういうのダメそうですけど」
「…暑がりは遺伝かもな。」
そもそもの話、そのマントが熱を篭らせる原因だろうと、図星をさされる前に黒のそれを外しては室内に平然と上がり込む。靴を脱いでくれるようになったのはようやく、ここ最近の話である。
出生のことで殺気を放つことも今はない。成長したな、と思う。
目線は一度も上げぬまま。植物の範囲は得意分野というべきか、すらすらと手を動かしていく。ペン先が紙の上を滑る音。どこから持ち出したのか、あおぐ団扇の空気をきる音。しんとした冬の空気が好きだけれど、夏の夜の冷えた風も嫌いではない。
ノートを作り終え、参考書を閉じる。壁に寄り掛かったまま、いつの間にか寝息を立てる男の腕に浅い傷。またどこかで喧嘩でも買ってきたのだろう。少し前に闘いを多く強いられた時期があったが、深手を追うと断りもなしに訪れる小柄の少年を、迎え入れては治療をするのが両者の間で暗黙の所作になっていた。
少年と例えるには、随分と失礼な程に歳は重ねている男だが、疲労して寝入る姿は子供と大差ないように思えてならない。
消毒に薬草の汁を塗り込み、適当な布で傷を覆う程度の処置をした。気付いているだろうに、されるがまま。礼くらい言って欲しいものだが、それこそ妙な世話を焼いた自分が得られる言葉などないだろう。
そもそも手当ての必要のない傷では、ここへ来る正当な理由にもならない。
君も何となく?狸寝入りに声もなく問いかけ。握った腕にじわりと滲む体温があまりに熱いので、そのうち扇風機くらいは出してみようかと思う。


(120625/素直じゃない)

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