岩ちゃんあのね、今気付いたんだけど。

俺の話はいつも唐突で、それは岩ちゃんにとっては知ったことではない話。構わないよと幾らでも、押し付けにいく俺のこの習慣を彼は悪癖と言っていた。どう返して欲しいんだと、最初のころは頭を掻いて聞いてくれた時もあったものだが、いまはもうなんにも。岩ちゃんの学習能力はそれほど高くはないけれど、俺が、別に助言がほしいわけでも答えを知りたいわけでも、慰めてほしいわけでもないのだということは直ぐさま理解してくれたみたいで。だって正解はいつだって自分の中にあるんだから。ただ聞いてほしいだけなんだよ。
ねえ岩ちゃん。ハンバーガーをひとつ食べ終え、黙々とポテトを手に取る岩ちゃんの小動物みたいに動く口元を見て笑う。ねえずっと忘れていたんだけど。テリヤキの最後の一口を放り込むと、口の端のソースを嫌そうに指摘された。
「俺、トビオが好きだったんだよね」
ああ今、今更だって心の中で絶対悪態つかれてる。でも先週ついに最後の大会も終わっちゃって、あの試合でコートの反対側に立って、目を逸らさずちゃんと見た影山飛雄はやっぱり、俺の好きになった影山飛雄で。
「中学にいた頃は、背後を蛇が這ってるみたいで気持ちが悪かったんだけど」
直ぐ迫る才能に、女の子に手を降る指をテーピングでぐるぐる巻きにする程の努力をして。それなのに高校に入って一度だけ見に行ったトビオの試合に、王様の背中に、何なんだよって、背筋が震えた。ざまぁみろ、鼻で笑いながら、あの時本当にトビオを好きになったんだ。
それでも、まあ、それでお終い。だってずっと忘れてたんだ。忘れた振りをして、岩ちゃんとみんなと、この町でバレーをしてた。もう、それもできないわけでして。
「岩ちゃん、俺ね、大学ではもうバレーをしないことに決めたから」
俺の話はいつも唐突だけど、岩ちゃんに話して後悔したことなんて今までなかったから言うんだ。誰より先に、俺がボールを棄てること。
「俺はやめないけどな。県外の私大へ行く」
「そっかぁ。岩ちゃん、ほんとバレー好きだったんだね」
「「じゃあ俺もやっぱり同じとこ」は、無しな」
「ええ〜…言わないよ」
だってこれ以上俺といたら岩ちゃん本当に女の子との出会いなくなっちゃう。とか、あで。冗談だよ、岩ちゃん。本気で俺を邪険にするような表情、眉間の皺はいつ見ても面白いからもっとしてほしいと思って、悪循環。そうそう、それからこれも唐突だけどね。岩ちゃんを好きな時間の方が長かったんだから、そこだけは誇ってくれてもいいんだよ?
「さっきから何今日のお前気持ち悪い」
ポテト冷めるだろが、クズ川。既に空になったトレーを俺の方に寄せて、やっぱり冷めてるだの不味いだの、怒るくらいなら食べなければいいのに。理不尽。理不尽同士、餓鬼のころからの付き合いだ。
ねえ岩ちゃん、もう半年で卒業です。それまでにあと何百回って呼ぶのだろう、君の名を俺はずっと大切にしていきたいと思う。だってなんかすごく言いやすいんだから、我ながら良い命名だったよね。


(130612/無題)


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