「あんまり後輩をいじめてやるなよ」
呆れたように岩ちゃんが言って、放ったボールがかごに収まるのを横目に。
「だって生意気じゃない?」
そう笑った秋。
最高学年になって感じる。少年団のときから続けてきたバレーボールが、いま正に自分のからだの一部として浸透してきていること、何ひとつ変わらない幼馴染みの言葉と、時々の暴力、部長としての責任、引退の現実。
影山飛雄。入部以来、一度も話をしたことのない一年部員の中で、なんとなく名前を覚えていて、なんとなく自分の嫌いなタイプだってことだけ知っていた。球拾いとパス練、それに審判を主な活動内容とする中で、コートに立つ俺に遠慮のかけらもない視線を向けてくる後輩。ポジションはおんなじセッター。それに加えて眼が怖い。
何度か6対6で相手チームに入っていたと思う。トスの精度、観察・判断力、天才の礎に努力。その向上心。ボールを蹴りたくなる。俺を見るその眼に俺の持つ指先の感覚、コート上の意識、フォーム、インパクト、その他諸々を映し取って、そのほとんどをバージョンアップして返してくるのでしょう。余所見もしない努力で。だから相性が悪すぎる。
「サーブ、教えてもらえませんか

そこには総体に惜しくも敗退を期し、残り数回の練習を消化するばかりとなった3年の俺。入部以来初めて声をかけてきた影山は自信に満ち、けれど少しだけ緊張したようにかしこまって、その証拠に腕を身体の横にピシリと伸ばして俺を見上げた。
「影山くんさ、下の名前なんてったっけ」
「飛雄です」
「トビオ、トビオちゃんね。そうそう、サーブだけど、教えてなんてあげないよ。チームメイトならだれにでも武器ひけらかすような、そんな優しい先輩だと思ってたのなら残念だったね?」
はて、一瞬揺らいで、再び視線を合わせるトビオの瞳に迷いはない。
「トスも、サーブも、貴方に敵う人にはこれまで出会えませんでした。でも、教えていただけないならそれでいいです。部長として、部活お疲れ様でした。失礼します」
体育館から出て行く、まだひょろ長い背に背を向けて飛んできたボールを山なりに返す。
「あんまり後輩をいじめてやるなよ」
「もう後輩じゃないしぃ」
生意気な後輩はお呼びでないよと口を尖らせ。でももう呆れ顏の岩ちゃんには気づかれているかな。
これは仕返しで、虐めてなんかいないのだ。女の子からの声援はとっても嬉しくて、コート上限定でチームメイトはかけがえのない存在になって、昔っからこんな捻くれた俺の隣にいまでもいてくれる岩ちゃんは大好きで、俺の持っていないものを当たり前のように持ってるトビオが嫌い。それこそ部長として、部員の贔屓は良くないでしょうとひとつタテマエを付けたして。
俺はそのトビオ以上に捻じ曲がったピュアな心で、はじまりの春を待っているのだ。


(130404/宛ら告白のような)

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