夏目さん。なつめさん。彼女はおんなのこ。同じ高校、同じ学年同じクラス。よく行くバッセンの店長に片思い中。
おれは男だから、女の子はみな可愛い生き物だと思うけど、男だから彼女らを、性の対象くらいにしか見ていないのかもしれない。同じ高校同じ学年同じクラスの彼女らと、喋って笑って、それだけで楽しいと友人は言う。この世界がヤローだけだったらと考えればゾッとしてしまうほどに、男は異性に依存して生きてる。特にこういういわゆる思春期前後のおれらにとって、女子っていうのは生活のスパイスなのだ。なんてな。
「夏目さん」
「ふぁ、はい、なんでしょう?ササヤンくん」
冬休みも終わった学期のはじまり、授業も終わりあくびをかみ殺している夏目さんに声をかける。
「夏目さん、今日の放課後ひまだったりする?」
「それ、年中ひまを持て余してる私にたいして言うセリフですか?もちろん空いてますけど」
「そう?よかった。あのさ、野球部のメンツがさ。一緒にバッセンいこうって」
「……野球部って、下柳くんたちですよね」
そりゃわかってはいたけれど、ヤナたちのことに触れれば急に下がるテンション。冬休み前に遡る原因。わかりやすくて我が儘で短絡的。なんでもないようなことをいつまでも引きずって、優しさばかり求めて。扱い難くて容易な生き物。
「ダメかな。夏目さんが、許してくれてるのはヤナもわかってるんだ。ちゃんと謝りたいって」
「じゃあ、じゃあなんで、今自分で言ってこないんですか。ササヤンくんは関係ないじゃないですか」
ああ、無惨。すぐ廊下に待機しているヤナを思う。一人じゃなにもできないような、見せ掛けばかりの男の子が嫌いと夏目さんは言う。加えて、自分でも意地になってるのはわかってるんですと。俯いて小さく小さくなる彼女は、本当になんてことない可憐でか弱いおんなのこ。まわりが美人だ可愛いと騒ぐから、そういう勝手なフィルターで眺めるおれは身勝手で健全な男の子。
「ごめん夏目さん。おれがでしゃばるのはやっぱ、なんか違うよな」
「ちっ、ちが、ササヤンくんは謝る必要ないです!…私ひねくれてて、ササヤンくんも怒っていいんですよ!」
「な、夏目さん。夏目さん、わかったから、ここ教室」
「あ」
口をおさえて、真っ赤になってうずくまる。吉田や水谷さんのまわりではいつも明るく活発な彼女だからか、クラスメイトはもうあまり気にかける様子もないのだけれど。相変わらず人の視線が気になるらしい。友人の多いおれは目の敵みたいにみられた時期もあったものだが。嫌な思いをして、当事者の友人であるおれにはあたらないくせに。
「お、怒ってもいいので…あきれないでください…」
ほらなんて狡い生き物、女の子。
「なんで?あきれたりしないし、怒らないよ」
「ほんとですか…?」
「ほんとだよ。そうだね、今日はやめにしよう。また誘うからさ、今度は吉田や水谷さんも」
「ササヤンくん…!」
ごめんなさい、今度こそ行きますから、ミッティも誘ってくださいね、ぜったいですよ!たたみかけながら、掴んだ腕をぶんぶんと振って、笑顔。最後には、ありがとうございます、なんて武器をふるって。
「それじゃあ夏目さん、また明日」
「はい、さよならです」
教室を出て、気まずそうな顔をする被害者に謝る。悪いヤナ。彼女ひとり、薮つついてはいらない気をまわしてみたり、おれの所業こそ嫌いですと一喝されてもいいものだけれど。女心というものは厄介で複雑で他愛ない。とりあえずは、蛇の出方を窺うことにでも。


(130219/seventeen)

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