「なまえ様、お話があります」
真剣な顔をしたこの前のメイドさんに突然そう言われ、わたしたちは廊下のすみにいた。
さっきから続いている沈黙が辛い。それにメイドさんは何も言わないくせにやたらとこっちを見てくる。視線が痛い。
耐えられなくなって口を開いた。
「ねえ、お話って何?」
「フラン様のことです。もうお分かりでしょうが、私はフラン様をお慕いしております」
「それは、わたしとはなんの関係があるの」
彼女の告白に眉をひそめて尋ねると、メイドさんがいきなりわたしにすがりついた。泣きながらわたしに訴える。
「お願いです!なまえ様もフラン様のことを好かれてはいらっしゃるとは思いますが私はあの方を心から尊敬しているんです!」
要するに、わたしにフランを諦めてくれと言っているらしい。
全く、わたしがフランを好きなんて勘違いも甚だしい。軽く舌打ちを一つ。
メイドさんはわたしのそれを拒否だと受け取ったのだろう。更に強くわたしに嘆願する。
「なまえ様!」
ああもう、うるさいな。
段々苛立ってきたそのとき。あの特徴的な間伸びした声がした。振り返ると、一番に目に飛び込んでくるあの大きなカエル。
ああもう、もっとイライラするんだけど。
「二人で何してるんですかー?」
メイドさんがフラン様、と小さくつぶやいた。ああ、暗殺部隊でこんな少女漫画みたいなことを経験ができるなんて一体誰が思うだろうか。
フランがわたしに問いかける。
「なまえセンパイー。この人誰ですー?」
「フラン、この前の子」
そう言うと、フランがぽん、と手を叩いた。
こいつ、忘れてたのか。呆れ返るわたしの横でメイドさんが必死に声を出す。
「あ、あの、フラン様。私、前からフラン様のことをお慕いしておりました」
「すみませんー。この前も言ったようにミーはアンタに興味もないしはっきり言ってどうでもいいんですよー」
「そ、そんな」
メイドさんはショックを受けたように言うと、そのまま走って行ってしまった。
あとに残るなんとなく気まずい空気。どうしよう、とフランを盗み見ると、向こうもこっちを見ていたらしく、思いっきり目があった。恥ずかしくなって勢いよく視線をそらす。
「ど、どうすんの」
「別にー。あの人は追いかけてきて欲しそうですけどねー」
「というかフランもちょっと言い方考えてよ」
聞いてるわたしの方がヒヤヒヤしたんですけども。今日なんかいつにも増してフラン毒舌冴え渡ってるような。まあそれは置いといてフランに問いかける。
「で、追っかけないのフラン」
「そんな面倒くさいことミーがするわけないじゃないですかー。だいたい、ミー好きな人いるし」
え、今この人なんかすごいこと言わなかった。あまりの衝撃に息をするのも忘れて思わずまじまじとフランを見つめてしまった。
「いるんだ、フランでも」
ぼそりとつぶやくと、頭をぱこんとはたかれた。あら、地味に痛い。
「でもってなんですでもって。そりゃミーも好きな人くらいますよー」
「そう、なんだ」
そう言った声は、自分の声じゃないみたいで。
あれ、なんだこれ。なんでわたし今すごく悲しいんだろ。どうして心臓が直接鷲掴みにされたように息をするのが苦しいんだ。
「なまえセンパイは好きな人いるんですかー?」
そんなフランの質問に答えようとして、なぜか言葉が出なかった。どうして、どうして。
三角関係、という言葉を不意に思い出した。
ああでもそれじゃわたし、まるでこいつのことが好きみたいだ。
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