「なまえセンパイー。暇なんだったらミーと一緒に映画でも観ませんかー?」
特にすることもないので談話室でぼけっとしていると部屋に入ってきたフランに突然声をかけられた。
このとき、わたしはその誘いを断らなかったことをあとで死ぬ程後悔することになる。タイムマシンがあったら戻ってやり直したいくらいだ。
しかしそんなことがそのときのわたしにわかるわけもなく。あっさりと了承する。
「いいよ。何観るの?」
「それはお楽しみってことでー」
「ああそう?」
「楽しみにしといてくださーい」
このとき、ニヤリと笑ったフランに嫌な予感はした。
だけど、フランが誘ってくれたのがなんだか嬉しく思えて、その疑惑にはそっと蓋をした。
「それじゃ、ミーの部屋に行きましょーかー」
「はあっ?ここで観るんじゃないの」
怪訝に思いそう尋ねると、ここじゃ雰囲気が出ないと言葉が返ってきた。
雰囲気とはなんのことだろうか。あと、フランの部屋。
もしかして、こいつわたしのこと。
「安心してくださいよー。ミーなまえセンパイのこと襲うつもりなんて全然ないんでー」
じっと疑いのこもった眼差しを送ると意味を察したらしくフランに否定された。
「てかセンパイのどこにそんな魅力があるんですー」
「それ以上言うとアンタの存在消すわよ?」
「センパイなら本当にやりそうで怖いんですけどー」
そんなことを話していると、何時の間にかフランの部屋の前まできていた。
がちゃり、とドアを開くと想像していたよりもこざっぱりとした空間がそこにあった。思わず声が漏れる。
「あら。意外と綺麗な部屋」
「少なくともなまえセンパイの部屋よりは片付いてるかとー」
余計な口を叩くカエルにはとりあえず一発げんこつをかましておいた。これで少しは静かになるだろう。
「センパイ堕王子よりも酷いですよー。可愛い後輩いじめるなんてー」
「そんだけしゃべれるんなら大丈夫だって。それより映画観ようよ」
フランの不満を適当に受け流して催促するわたしの言葉にそうですね、とフランがリモコンに手を延ばした。
悪夢は、そこから始まった。
数時間後、エンドロールが流れるテレビ画面。
「なんかたいしたことなかったなー」
つまらなそうにつぶやきながらフランがこちらを振り返る。いや、わたしからするとかなりたいしたことあったんだけど。
フランが観たかった映画とは、年齢制限が確実に付いているグロ系のものだった。
わたしも一応暗殺者、そういうものには慣れてはいるが。でも慣れてても別に標的の首切断して殺したりとかするわけじゃないし。映画の主人公の恋人の首吹っ飛んだあたりからはっきり言って限界だった。しかも皆死に方がエグい。
とにかく、わたしはこれでも暗殺者としては優しい方(暗殺者が優しいというのもどうかとは思うが)なので、殺るときはなるべく一瞬だ。
「いやーもうちょっと刺激強い方がよかったなー」
「…」
早い話がわたしはグロいのはあまり得意じゃない。
やばい、なんか泣きたくなってきた。
「なまえセンパイはどうでしたー?」
「え、あっそうだね別に普通」
「あれー。もしかしてセンパイ泣いてませんかー?」
「え、あ」
ばれないようにと顔を隠していたのに、あっさり見つかった。
そうなると涙はもう止まらない。ぼろぼろと子どもみたいに泣き出したわたしを見てフランが驚いたような声を出す。
「なまえセンパイそんなに苦手だったんですかー?」
「そんなわけないじゃん!これは目にゴミが大量に入ったから」
「わっかりやすい嘘ですねー」
必死の言い訳は簡単に見破られ、気がつくとフランの腕の中にいた。あまりにも突然のことに、頭が真っ白になる。
「いきなり何すんのカエル」
「こうすれば落ち着くかなー、と」
「わたしを何歳だと思ってるの」
そう言って思いっきり睨んでやると、なぜかフランはわたしからパッと目を逸らした。一体なんなんだ、こいつ。
ああもう、泣き顔なんて見せたくなかったのに。
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