矛盾


 私は自分の定義する仁しか信じなかったし認めようともしなかった。それはかの暴君董卓の酒池肉林の世だとか曹操の覇道だとか、そういう所謂悪を憎む正義感からくるものではない。勿論私に正義どうこうを語れる権利は無きに等しい。善悪の問題ではないのだ。唯自分の過ちに気付かぬふりをしていたいだけだ、ぬるま湯に浸って仁徳とやらを語って民から慕われて、その民を戦場に駆り出し駒と扱いあげく肉の塊と化したそれに涙を流す、その矛盾を認めたくないだけなのだ。
だから私は自分以外の者の主張など聞きたくない。相手が口を開こうものなら耳を塞いで奇声をあげて暴れてやる。私はそういう人間なのだ。

 しかしその私の利己主義をいともたやすく打ち砕いたのが諸葛孔明という人間だった。
奴にはなにも通用しないのだ。耳を塞いでも奇声をあげて暴れても、奴の訴えは直接脳味噌を揺さ振る。押し倒して口を塞いで殴り掛かっても、奴の魔性の瞳はどうしても私を捕らえて離さない。その龍の双眼が憎たらしくてほじくり返してやろうと思うのに、奴の睫毛の鋭さに指先がずたずたに切れてついに眼球まで手を伸ばすことができないのだ。
 もう何年も昔のことだが、まだ若くあどけない奴を自らの手で汚してやったことがある。奴の身体はどこもやはり鋭く、しかし甘美で艶めしい色気があった。奴を抱いたのはその一度きりだ。また奴を腕中におさめたいという気持ちもなくはなかったのだが、なんとなくもう触れてはならないような気がしたからそれ以来なにもしていない。たまに殴ったり蹴ったりはするが、その程度だ。
奴はいつもそんな私を非難するでも見切るでもなく、ただ押し黙っていた。丈こそは長いがそれだけの貧相な身体を縮こませて、頭を抱えて嵐が過ぎるのを待っている。そんな健気な姿がまた私の加虐心を擽り行為は過激さを増していくのだ。これこそ正に悪循環と言えよう。とにかく私は私の過ちを気付かさせる魔性の瞳を、声を、身体をもつ諸葛孔明という存在が憎くて憎くて仕方がなかったのだ。

 それでも何故私は愛おしい義兄弟から憎き青二才などを庇うような真似をしたのだろう。私の目を盗んでは奴を暴力的なそれで支配しようとする義兄弟達への戒めか。いや、そうではない。あれはきっと自分の愛玩具を他人に汚されたくないという自分の我が儘からきた行動だったのだ。私はそういう人間だから、奴が私以外の人間に泣き顔を曝すのが許せなかったのだろう。だから水魚の交わりなどと銘打って義兄弟達を無理矢理納得させたのだ。奴はその時信じられないといった瞳でもって私を見ていたが、数十年も人に媚び繕うことしかしなかった私にとって嘘偽りの綺麗事など息を吸って吐くより簡単に思い付くことができたのだ。そう、簡単に。



「この孔明有るは、なお魚の水有るがごとし」


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