オラトリオの嘆き | ナノ

真昼と会えなくなってから数ヶ月。私は高校生になった。

車の窓からは、桜が舞い散っているのがよく見えた。ひらひらと心許なく散るそれを半眼で見つめて、頬杖をつきながら溜め息を吐いた。花は別に嫌いじゃないし、寧ろ桜なんかは割と好きな部類に入るけど、今日ばかりは桜を見たって気分は下り坂の一途だ。また溜め息を吐いて、ぼそりと呟く。

「行きたくない...」
「お気持ちは分かりますが香代様、学生である以上、仕方のないことなのではないでしょうか」
「学校に行くこと自体は良いのよ? でもね、通うのがあの渋谷第一高校っていうのが私は不服なの」
「あー...」

幾らか分かるところがあるのか、麻美は前を見ながら苦笑を落とした。

(でも、何であの人と同じ学校なんかに通わないといけないわけ? 牽制目的だとしても、別に椿は柊に楯突いたりしないっての。色々と都合が良いっていうのは分かるけど)

「あの、香代様? 第一渋谷高校には、十条家の美十様や、五士家の典人様も通われるようですね」
「ああ、...うん、そんなこと言ってたわね」
「柊の真昼様も、深夜様もですよね? 凄いですね今年は」
「そうね」

と、そんな会話をしているうちに前方にその第一渋谷高校の校舎が見えてきた。見えてきましたよ、という麻美の声に不快感たっぷりに返事を返して、少しでも校舎を視界に入れないようにと窓の方へ顔を向けた。それにまた麻美が苦笑いする気配を感じると、そのとき。

(あ)

黒髪の男子と、傍らで共に歩く二人の女子が歩道に見えた。三人は何かを話しているようで、こちらには気付かない。というか、速度を幾分か落としているとはいえ、走る車の中を外から見るなんて難儀なことは出来ない。私の乗る車は、一瞬で彼等を追い越した。
不意の出来事だったからちょっと驚いたけれど、すぐに居住まいを正して思慮する。一瀬家の現当主である一瀬栄様も父も、二十五年前にこの学校に通ったという話を思い出す。そして、代々この学校に通った一瀬家の次期当主がされる、柊家に屈服させる為の行為も。ーーそこまで考えたけど気分がすこぶる悪くなって、すぐに考えるのをやめた。

「...グレンがいたわ」
「えっ、一瀬のですか?」
「ええ、」
「......」
「どうしたの?」

速度がどんどん遅くなって、遂には校門の前に止まった。黒塗りの無駄に大きな車に、生徒達がちらちらと視線を送ってくるのが見えた。その一方で、運転席の彼女は随分深刻そうな顔をして、黙り込んでしまう。再度どうしたのか尋ねようと口を開くと、彼女が言った。

「...香代様、お分かりのことかと思いますが、椿家はどこにも肩入れしません。あくまでも中立の立場です。そうして柊家とも、一瀬家とも、勿論他の分家とも、それなりの関係を築いてきました。それを是非ともお忘れなきようーー」
「父がそう言ったの?」
「...いえ、私の、言葉です」
「そう」

手首の時計を確認すると、完全着席時間にはまだ充分に時間があった。ふう、と深呼吸をすると、彼女の肩が僅かに揺れた。それを見て、安心させるように笑う。

「...ごめんね、忠告ありがとう、忘れないわ」
「っ...ありがとう、ございます」
「えー? なんで貴女がお礼を言うの? ふふ、まあ良いけど。じゃあ行ってくるわね」
「あ...っ扉なら私が...!」
「ははっ、良いわよ別に、お嬢様じゃないんだから」

行ってきます。そう言って車を閉めると、登校中の生徒達の視線が一斉にこちらを向いて、皆一様に慌てた様子で会釈をする。挨拶をしてくる奴も、気安く名前を呼んでくる奴もいて、笑って適当に返しておいた。ああ、ほんと気分悪い。



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