オラトリオの嘆き | ナノ

ありがとうございました、と対戦相手に頭を下げてから、騒がしい生徒達の中へとまた紛れた。深夜を見ると、なんというか、憮然な顔をしていた。

「......つまんないなあ」
「それは良かった。貴方を楽しませる為に闘った訳じゃないもの」
「そうだけど、少しくらい見せてくれても良かったんじゃない? その刀の意義なくなっちゃうよ?」
「うっさいわね...」

不愉快さを隠さずにじろりと睨んだところで、今度は深夜の名が呼ばれた。柊の名が監督官に呼ばれたことで、生徒達がざわめき始める。その本人は、「呼ばれちゃったよ〜」なんてへらへら笑いながらこちらを見て、何か私から言ってくるのを待ってたようだけど、コイツに励ましの言葉なんて掛けてもどうせ勝つのだから無意味だ。追い払うように手を揺らしてさっさと行くように体現すると、彼は肩を竦めて前へと出て行った。

しかしその途中、どこかへと視線を向けるものだから釣られてそちらを見ると、そこにはグレンが居て。不穏な空気になる前に催促の言葉を掛けようと口を開くが、その前に深夜は自らグレンから目を逸らして試合へと臨んでいったから、ほっと息を吐いた。

(......あ)

そこで不意に、視界の端に見覚えのある姿が目にちらついた。そこは隣の三組の試合場。歓声の中心を眉をひそめながら少しばかり見つめると、一月が闘っているのが見えた。兄は幼い頃に実家を出て、今では柊家の屋敷に真昼の従者として住んでいるから、彼が戦闘をする姿を見るなんて一体いつぶりのことだろうか。

(......うちの呪法は、使ってないみたいね)

兄は両手それぞれに刀を持って、闘っていた。私の嫌いなやり方だ。見た限りは呪法も使っているようだが、あくまでも柊家のものを使用している。それは中立という立場の実家のことを考えてのことなのか、はたまたただ単に柊のものの方が使い勝手が良いのか。......まあそんなことはどうでもいい。家の呪法を使っていないなら、別に何でも良い。
相手は女子のようで、いつもの笑顔がなんだかやりにくそうな、困ったようなものに見えたが、何れにしてもアイツの笑顔は嫌いなので視線を元に戻すと、深夜がこちらへ戻ってくるのが見えた。あれ、と目を丸くする。

「もう終わったの?」
「うん。...そう言うってことは、見てなかったんだね」
「あー...」
「どうせ、一月くんの試合でも見てたんでしょ? やっぱりお兄ちゃんのこと気になっちゃうんだね〜」
「やめて身の毛が弥立つような恐ろしいこと言わないで気持ち悪い」
「ははっ、そこまで嫌がるか」
「真実ではないことを言われたんだから当たり前でしょ」
「あ、そう」

むすっとする私とは違って深夜は楽しそうに笑っていたけど、それも長くは続かなかった。監督官が今度はグレンの名を呼んだからだ。深夜の向こう側のグレンを見てから隣を見上げると、さっきまでの顔が嘘のように顰められていた。嫌悪、というよりもどこか苦しそうな、悔しそうな面持ちをしていて、それが妙に頭に引っ掛かる。深夜、と思わず名前を呼ぼうと口を開くが、それが音になるより先に彼が言った。

「香代、先教室行ってる」

そう言って、私の返事を待たずに彼は行ってしまう。止めようとでもしたのか、思わず手が出た。だけど届かずに、空を虚しく切った手を引っ込めて、握って。何か揉め事を起こされるよりかは自分から避けてくれるのに越したことはないが、今、迷わずに深夜を追えない自分が嫌だった。彼は、私がグレンのことを気にかけていることを知っていても、敢えて前みたいにそれを追及したり、止めようとはしなかった。それが好都合なのか悲しいのか、ーー自分でも、よく分からない。

「.........胸糞悪い試合ね」

そうして始まったグレンの試合は、到底見てはいられないものだった。闘うことを諦めた、防戦一方の無様な試合。それが本来のグレンの実力ではないことを知っている私にとって、その試合はもどかしくて、すぐにでも目を背けたくなる光景だった。でも、背けてはいけない。平静を装え。中立者としての有り様を崩すな。私でこうなのだから、従者である小百合ちゃんや時雨ちゃんの心境は、これよりさらに計り知れないものなのだろうから。
ーーしかし、そんな風にグレンが逃げ回っているうちに、偶然放った攻撃が相手に命中してしまう。地面に倒れても起き上がらないところを見ると、相手は戦闘不能状態。勝者はグレンとなった。監督官がそう告げてからすぐ、それを一部始終見ていた生徒達は皆揃って批難の声を投げ始めた。クラスメイト達も、罵りの言葉を掛ける。典人や美十ちゃんがグレンに話し掛ける様子を、私はただ黙って見ていた。

すると、何処からか深夜の名が呼ばれた時のような歓声が聞こえて、反射的にそちらに目を向けると、見覚えのある姿が見えた。

(......真昼)

どくりと、心臓が疼いた。さっき、一月が闘っていた三組の試合場だ。周りを取り囲む観客の中には、一際目立つ存在感を放つ一月がいる。不意にその兄がこちらに顔を向けて今にも目が合いそうになったので、すぐさま目を逸らした。心臓が、嫌にばくばくと拍動しているのを感じた。気持ちが、悪い。

(っ......)

そうしてついには息まで苦しくなってしまって、このまま試合を見ていられるような状態でも心境でもなくなってしまった。目を伏せて耐えるように唇を噛んで、踵を返す。胸が苦しい。未だ熱気に包まれた生徒達の間を縫って、校舎へと急いだ。人気のない、誰もいないところへ。今は、深夜にだって会いたくなかった。

(......なんで、)

なんで、一月だけでなく真昼のことも上手く見ていられなかったのだろうか。何だか泣きそうになりながらもそんな自問を繰り返してさらに足を早めながら、拳を握り締める。考えなくたって、答えなんて、もう分かっていた。でも、今はそんなこと考えるなんて無理だ。

その時ばかりは自分の感情を制御出来なくて、セーラー服に爪を立てるように胸を抑えた。



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -