オラトリオの嘆き | ナノ

試合は美十ちゃんの勝利に終わった。彼女は、これが戦場であったならば自分は暗器の毒によって死んでいた、引き分けにしてくれ、などと異を述べていたみたいだけど、残念ながら判定は覆らなかった。美十ちゃんは少々高飛車なところがあるけど、根は真面目で優しいのだ。そういうところ、好きだなあ、なんて未だに落ち込んでいる彼女を見つめていると、あっという間に典人の試合は終わってしまった。
あ、しまった、と思っていると、典人は笑いながらこちらへ歩いて来た。

「香代ちゃん! 俺の勇姿見てた?」
「あー...ごめん、なんか気付いたら終わってた」
「目の前でやってたのに!?」
「......だからそう言ってるじゃない」

典人うるさい、と一々大きい声量に一言付け加えると、彼は落胆したように大きな溜め息を吐いてとぼとぼとどこかへ歩いて行った。その背中を半眼で見送っていると、深夜がアイツ、面白いねなんて大して思ってもないことを言ってくるから呆れ気味に息を吐いて、適当にああそうだねと返した。
腕を組んで、次の生徒の名が呼ばれるのを待っていると、監督官がこちらの方を見る。

「一年九組、椿香代」
「、はい」

ああ私の番か、と妙な間をあけてから返事をすると、周囲がしんといきなり静まり返って、私へと一気に視線が集まった。まるで動物園の動物にでもなったみたいだ。「香代様だ」「椿の方が闘われるのか?」「椿の方が闘われるところなんて、あまり見られたものじゃないぞ」などと、至るところから声が聞こえる。もっと声を落として隠す努力をしなさいよ、なんて内心呆れた。

「わあ凄い、流石は椿だ」
「滅多に戦闘をしないから、物珍しいだけでしょう。それに、柊様が何を言うのよ」
「はは。...まあ、何にしても椿の呪法が見れる良い機会かな。それ、やっぱり使うんでしょ?」
「......」

そう言って彼が指さすのは、私の腰に挿してある二振りの刀。私の家は戦闘なんて滅多にやらないから知られていないが、一応は二刀流だ。馬鹿力でもなければ片手で一振りずつ持つと力負けしてしまうのでそんな流儀あってないようなものだが、古来から椿はこれでやってきたからそういう体を今もとっているというだけで。昔から二刀流というのを重きに置いていたからこそ、両手が塞がって呪術符が使えず、札を使わなくても呪法が使用出来るように椿は技術を伸ばしていったのだ。
でも、力のある男のことだけを考えたこの闘い方は、正直言うと私は好きじゃない。

「......家の闘い方、好きじゃないのよね」

ぼそりと呟いて、監督官の前へと進み出る。反対側には、対戦相手であろう男子生徒が緊張の面持ちで直立していた。監督官は注意事項を説明して、下がっていく。男子生徒と目が合うと、彼は恐る恐るといった感じで宜しくお願いします、と頭を下げてくれたので、礼儀だと思い私も同じことをし返した。

(......さあて、)

距離を置いて、じっと観察をする。彼がベルトに取り付けた刀を抜き、なめらかな所作でそれを構えるのを見ておおと感心した。必要最低限の動きで、雰囲気も悪くない。おまけにこちらを真っ直ぐ見つめてくるその目は、少しばかりまだ緊張はしていたが、威圧感がある。彼は優秀な生徒なのだろうな、と冷静に分析した。

「......あの、」
「はい?」

さっきまでの喧騒はどこへやら。すっかり静まり返ったグラウンドの一角では、私と彼の会話がよく聞こえた。皆、それだけ椿の呪法に興味があるということか。そんな注目したって無駄だということが、分からないのかなあ。注目すればするほど、私は家通りの闘い方なんてしない。

「その、何か...しないんですか? 刀を抜いたり、呪法を唱えたりとかーー」
「ああ、気にしないで下さい。どうぞ、攻撃して貰って構いません」

淡々と受け答えをする私に、二組の彼は目を見張った後その態度が気に触ったのか、少し顔を歪めてまた引き締める。そして、「行きます」と律儀にも堅い声で宣言してから、こちらへ向かってきた。その動きはそこら辺の生徒よりは速かった。けど、驚く程の速さという訳でもないから対処することなんて容易い。悪くない太刀筋の斬撃を避けて避けて、距離をとってからこんなものか、と実力を測り終わる。彼は椿の人間とは言えども丸腰の私に一撃も食らわせられなかったことに、悔しそうに顔を顰めている。それだけ己の実力に自信があったのだろう。そしてすぐに次の攻撃に入る為筋肉が動くのが分かるけど、

「......え...」
「はい、これで終わりかな」

一瞬で彼の背後に移動して、ぽんと背中を押した。慌てて彼は振り返るが、私が背後に来た時点で反応出来ないのだから、勝敗は決まったようなものだ。極めつけに刀を持っている方の腕を蹴り上げれば、彼の顔は苦悶の色に染まり、太刀も手から離れてしまう。そこで監督官が、声を上げた。

「勝者・椿香代!」



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