オラトリオの嘆き | ナノ

選抜術式試験当日。演習場には、全校生徒が集まっていた。もしかして、あの憎たらしい顔を見ることになるのかしら、なんて警戒はしていたのだけど、幸い一月の姿は見ることはなかった。自分から進んで三組の方を見るつもりは毛頭ない。これっぽっちもない。でも昨日暮人さんにあんなことを言われたから、少しは兄のことが気になっていたのだ。

「...あれ、ねえ、何それ」
「ん? ああ、紙」
「そんなのは見れば分かるよ」
「じゃあメモ用紙」

無表情に言い放つと、深夜に面倒くさそうに溜め息を吐かれた。自分から聴いてきたんだろう、とむっとするけど、この紙に関わられるのは色々と不味いと思うので、特に言い返しはしなかった。担任の煩い鼓吹の言葉が終わると、深夜の周りは瞬く間にクラスメイト達で埋め尽くされて。おーおー流石は柊様、なんて他人事のように見てたら目配せで助けを求められた気もしなくもないけれど、まあ面倒くさいので無視して端の方へと移動した。観念したのか深夜は、まるで御伽噺に出てくる王子のように笑顔を振りまいている。わあ、面倒くさそう。

(......)

石段に腰を降ろして、ちらりと、深夜に気付かれないように大分離れたところにいるグレンを見た。彼は、賑わいの中心からは大分離れたところでいつものようにつまらなそうな雰囲気を纏ってそこに居た。膝に頬杖をついて、その様子を見つめる。先日の一件があってからは深夜も美十ちゃんも典人もグレンに近付かなくなったから、周りの生徒の態度もまるっきり元へと戻ったのだ。

(......携帯、の番号だよねぇ、やっぱり)

手持ち無沙汰でスカートのポケットを探れば、カサリ、と乾いた音をたてるものがある。取り出して、僅かな隙間から中を見れば並ぶのは十一桁の番号。あるのはただ、それだけ。何がどうとか、何かを伝える文なんて書いてない。ただ、筆跡から辿られる恐れがあることを配慮したのか、肉筆ではなくわざわざ無機的な文字が打ってあるのみ。この紙片は、今朝靴箱に入っていたのを見つけたのだ。送り主は、恐らくはグレン。この紙には送り主を特定するような痕跡は残っていないが、彼ぐらいしか、こんなこそこそとした方法を取りざるを得ない者を私は知らない。

(電話してこい、ってことなんだろうけどねぇ...)

それにしては、随分一方的だこと。まあ、そういうのも含めてグレンらしいと言えばらしいが。でも、わざわざ番号を教えてまで電話を掛けさせる理由は何だろう、と視線を宙にやって暫く思案していると、一際目を引く赤が視界に入ってそちらを見る。すると、美十ちゃんが丁度グレンから遠ざかるところだった。グレンの脇にはいつの間にやら時雨ちゃんがいて、美十ちゃんを睨んでいる。美人なのに怖い顔するなんて勿体ないなあ、なんてぼんやり思っていると、私の周りだけが何故だか暗くなって目を丸くする。

「ちょっと香代、」
「ああ深夜。お疲れさま」
「お疲れって...絶対思ってないよね、それ」
「うん」
「即答だし.....もう、せめてもっと何か取り繕おうよ〜」
「嫌よ、めんどくさい」

生徒達から抜け出してきた深夜は、そんなけろりとした私の態度に呆れたような顔をした。でも私のこういう振る舞いは今に始まったことではないから、深夜も気にすることなく仕方がないなあといった感じで苦笑して隣に立つ。その横顔を見上げて、やはりあの時の深夜はおかしかったなと思い返した。
ーーそう、普段の彼なら、こんな感じで何だかんだ色々言いつつも、さらりと受け流す筈なのだ。少なくとも、激高した様子であんなことを口走る人間じゃない。真昼が絡むと、ああなるのだ。やはり、私と彼はそういうところが酷似しているんだなと対戦が始まって騒ぎ出している生徒達をぼんやり眺めながら考えていると、いきなりその深夜に顔を覗きこまれたものだからびくりとする。目の前に端整な顔があって、少したじろいだ。

「な、なによ...」
「いや、難しい顔してたから。......何か面白いものでも見えた?」
「何もないわ、別に」
「ふうん...。あ、そういえば、一瀬の従者と十条がやるみたいだね〜」
「へえ」
「気になる?」
「......まあ、少しは」
「はは、気になってしょうがないんでしょ。素直じゃないねぇ」
「......」

分かってたよ、という感じで腹が立つ笑みを湛える深夜は、戦闘が見やすいようにさっさと立ち上がって移動し始める私の後を、当たり前かのように着いてきた。私が一度止まると、追い越すことなく深夜は隣で止まって、きょとんとした顔で私を見下ろすのだ。それに、なんとも言えない顔をする。
ここでは神と等しい柊の人間が何処の馬の骨とも知れない人間、それも次期当主候補の許嫁がいる身で女と二人でいるものだから、私までじろじろ見られるけど、それもすぐにああ成程といった顔をされる。「椿家の香代様は、深夜様と仲が宜しいのよ」なんて言われて。まあそれを否定するつもりはないし、深夜が嫌いな訳でもないからどうでもいいけど。ただ、煩わしいだけで。

観戦する生徒達に紛れると、美十ちゃんの髪に三角型の火輪光が浮かび上がっているのが見えた。十条家は、あんな風に呪いで身体能力を大幅に跳ね上げて闘うと聴く。身体の小さな時雨ちゃんは一体どうやってそんな彼女を相手にするのかな、なんて興味が湧いた。でも、武器らしいものは一見すると確認出来ない。では呪術符だろうかとも思ったけど、こんな公の場でわざわざ家の技術を見せつけるような真似はしないだろう。私だってそうだ。

「......これは、一瀬の呪法が見れるかな」

期待を含んだ内容と一致していないその声音に思わず隣を見上げると、さして興味がなさげな青が見えた。その声といい視線といい、深夜は一瀬に対しての関心を失ったのだろうか。私はじっと見つめていただけだと思っていたけど、いつの間にか睨みでもしていたのか、深夜は困ったように目だけでこちらを見た。

「だから、そんな睨まないでよ。もうあんな奴に手を出したりしないから」
「......そう」

一瀬に構った自分が馬鹿だった、とその後悔を言外に告げるように自嘲の笑みを浮かべる彼を見て、思わず目を逸らした。なんとなく、そういう深夜の表情は見たくなかったのだ。それでも短く返事は返すと、それに重なるように監督官が声を上げて、試合は始まった。



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