オラトリオの嘆き | ナノ

「明日からついに、選抜術式試験週間が始まります!」

そう担任が黒板を叩くのを見て、またえらく気合い入ってんなあこの人、なんて他人事のように小さく欠伸をした。窓側は日がぽかぽかと射してきて、良い感じに暖かいのだ。これじゃ眠くなるに決まってる。

選抜術式試験週間というのは、生徒同士を直接戦わせて、優劣を決めるとかいう面倒くさい行事のことらしい。もっと言うと、実技の試験だから評価の配点は高い。適当にやれば良いかなあ、なんて思ってたけど、成績に入るんじゃ後々それもそれで面倒だから、程々にやるのが一番だろうな。頬杖をつきながら色めき出すクラスメイトを見て、みんな頑張るねえ、なんて思う。まだ担任は何かを話してたけど、どうでもいい退屈な話は聴きたくないのでそのまま机に突っ伏した。

「いいよねぇ...本気で戦わなくても退学にならない奴は気楽でさぁ」

そうして目を閉じたところで、そんな深夜の声が後ろから聞こえた。ああ、またグレンにからんでるのねコイツ、なんて目を瞑りながら少し呆れた。ついこの前、グレンを殴ったばかりだというのに。

(...アンタだって、本気でやんなくたって退学にならないでしょうによく言うわよ)

柊家支配下の学校だということもあるけど、深夜は優秀だから、本気なんか出さなくたって退学には絶対ならないに決まっている。じゃあ私はどうかな、なんて考えてはみたけど、万が一にも有り得ないことなので考えるのをすぐやめた。危ない橋を渡って面倒臭いことになるくらいなら、そんなことそもそも私はやらない。

別に盗み聞きをするつもりはなかったんだけど、聞いてしまったものは仕方が無いし、また深夜が何かやらかさないとも限らないから、このまま聞き耳をたてることにした。まあ、これを私に聞かせてるのも多分態となんだろうけど。良い性格してるよ、ほんと。

「あ、ところで、真昼に会ったんだって?」
「......」
「で、どうだった? 彼女と仲良く出来た?」
「......別に」
「ああ、別に僕に気を遣う必要はないよ。僕は彼女の許嫁だけれど、恋人な訳じゃないから」

(......)

実際に見た訳じゃないけど、そう言う深夜のへらへらとした顔が目に浮かんだ。深夜は、一体どういう心情でそんなことを口にしているのか。そして、グレンはそれをどういった気持ちで受け取るのか。幾ら考えたってそんな立場に陥ったことのない私には、どうしたって憶測の域を出ない想像は出来なくて。幼馴染みの『許嫁』と『元恋人』が、自分の後ろでその彼女のことを話していて、それを私は盗み聞きのような形で聴いているということに、何だか複雑な気持ちになる。態とこれを聞かせているだろう深夜を、ちょっとばかし恨んだ。

「因みに教えると、彼女は君に会った後、珍しく少し機嫌が悪かったな。香代があそこに居なかったら、あれ以上に悪くなってたかも。何かあったの?」
「......」

深夜とグレンの目が、私に向けられるのを背中で感じた。グレンの治療が終わって、目が覚めるまで付き添おうと思っていた矢先に寝てしまった私が起きたのは、真昼に頭を撫でられているときだ。暖かい何かが頭の上を動いていて、なんだろうとぼうっとしているときに真昼の声が聞こえて、どれだけ驚いたことか。そしてそれと同時に、どれだけ嬉しかったか。出来ることなら話し掛けたかったけど、あの雰囲気じゃそんなこと到底出来なかった。

私も真昼とグレンが何を話したのかは気になって、つい耳をそばだててしまったけど、やはりというかなんというか、グレンは本当か嘘か判断のつきにくい返答しかしなくて。そこで、知らない内に身体に力を入れていたことに気付いて、ふっと強ばりを解く。やはり私は、真昼に依存してるんだろうなあなんて思って、少し笑った。

すると丁度そのタイミングで、チャイムが鳴って、やっと終わったかとずっと詰まっていた息を吐いて、身を起こした。



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テーマ「人外ファンタジー」
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