オラトリオの嘆き | ナノ

(......まったく、)

学校から実家への道を歩きながら、そんな風に呆れた。たまには、車ではなく歩きで帰りたい。そんな贅沢な、とも反感を買うかもしれないようなことを考えて、第一渋谷高校を後にしたのが数十分前。本当は真っ直ぐ家に帰りたかったのだけど、私は未だにそれが出来ないでいる。

(一体どこのどいつよ...こっちは早く帰りたいんだけど)

そう思って、溜め息を一つ。今は人で賑わう商店街を通っているけど、ついさっきまでは駅前のデパートに居た。正直すごく面倒臭い。早く家に帰りたい。しかし、尾行を付けたまま家に帰るなんてそんな真似は出来ないので、歩きながらどうしたものかと思案する。あーあ、たまに珍しいことをするとたちまちこんな目に合うんだから、このセカイはやっぱりとても面倒臭い。

(...でもまあ、少なくとも柊家、ではないか)

だって私に用があるのなら、校内で放送でも掛けて呼び出したら良いんだもの。椿は柊の従家ではないけれど、私があそこに通っている以上呼び出しが掛かれば従わない訳にはいかない。そっちの方が、数段手っ取り早いだろう。
ーーじゃあ、誰が。真正面から私と顔を合わせることが出来ない人間は、誰だ。少し考えれば、そんなものの大体の見当は付けることが出来た。試しにちらりと後ろを見てみても、やっぱり誰が尾行者なのか分かりゃしない。撒こうと思って敢えて自分から飛び込んだ場所だけれど、返ってそれが裏目に出た。人が多過ぎる。

(...動くしかないか)

道を素早く確認して、商店街から住宅密集地へと入っていく。トンネルに続く道を曲がる時、やっと相手の姿が見えた。黒いスーツ姿の、男が一人。一見するとどこにでも居そうな人間だった。果たして人間、と言ってしまって良いのかは分からなかったが。

「...私に何か御用かしら?」

トンネルの中程まで来て、振り返る。男も流石に鬼ごっこに飽きたのか、私の声が反響し切る前に角から姿を現した。笑っている。

「ふふ、ええ、貴女に用があります。椿香代さん」
「......貴方は私を知っているのに、私は貴方を知らない。これじゃあ不平等だと思わない?」

そう言うと、男はきょとんとした顔になる。私はそれに構わずに、更に言葉を重ねた。

「聴いてあげるから、貴方が誰で、どこの所属なのか教えなさいよ、って言ってるの」
「それはそれは...誠に失礼致しました、」
「......」

そう言って、態とらしく笑った。コイツの態度はイラつくな、と頭の片隅でぼんやり思う。

「私の名前は木島真。所属は、【百夜教】です」
「......ふうん」
「あれ、驚かないんですね」
「柊家でも、他の分家でもない。そう考えれば、おのずと大体の予想はつくでしょう?」
「ああ、それはそうだ」
「......」

一々イラつくその受け答えに、眉をひそめる。トンネルの上ではそのタイミングで電車が走り、数分後、また静寂が訪れた。ただ微笑みながらこちらの様子を窺う、木島とやらのその視線に耐えかねて、私から口を開いてやる。

「...私、早く家に帰りたいの」
「では手短に...【帝ノ鬼】、もといは柊家を一緒に潰しませんか? 」
「......」

何のことはない、という風に木島が突然言い放ったその内容に、表情を変えはしなかったけど内心大分戸惑った。【百夜教】と【帝ノ鬼】は日本で一、二を争う呪術組織だ。技術のみで勝負するなら椿家の呪術力も大したものだが、何せ私達は国家呪術組織の座なんてものに興味はない。やるならこちらを巻き込まずに勝手にやってくれ、というスタンスを今まで貫いてきた、のだが。

(コイツら...戦争でもやるつもり...?)

仄かに笑みを浮かべる木島は、そこまでは口にしてはくれなかった。しかし誰にも何にも干渉せず、中立の立場に居続けた椿家にこんな誘いを振っ掛けてくるのだから、十中八九そうと考えて間違いないだろう。これで何故椿に近付いてきたのかが分かった。でもそうなると、もう一つ不可解なことが浮かび上がってくる。

「...用件は分かったわ。でも、何故それを私に? 私は当主でもないし、次期当主だって私ではなくーー」
「いいえ、それはどうでしょうかね」
「......どういうこと」
「...ふふ、貴女だって、何となくお分かりになっているでしょうに」
「......」

コイツは、いったい何のことを言っているのか。何を知っているのか。最近家の内部の情報が外に流れているなどと聴くが、それと何か関係があるのだろうか。知らないうちに私が睨み付けていたのか、木島は「そんな睨まないで下さいよ」と肩を竦める。

「お父上に声を掛けなかったのは、あの方は絶対にこの話を持ち掛けてもお受けにならないと判断したからです。失礼なこととは存じましたが、少し貴女方のことを調べさせて頂きましたよ」
「......へえ、じゃあ、私の方が隙があると思ったの? はっ、舐められたものね」
「申し訳ございません」

弁解もせずにすんなり謝られるものだから、最早溜め息しか出なかった。私は、【百夜教】に隙があると思われたのか。そう思うと、自分が情けなくなって、呆れてしまって。父のように揺るがずに一貫した意志を持つことはまだ出来ると思っていないが、それでもそれはある程度ショックだった。また溜め息を吐いて半眼で木島を見やると、申し訳なさそうにこちらを見た。

「......お生憎様。私も父と同じよ、そんな抗争に椿は手を出さない。やりたきゃ勝手にやってなさい、私達を巻き込まないで」
「では、交渉決裂ですか?」
「そうなるわね。ほら、分かったならさっさとどっか行って」
「ええ、それでは、」

木島はそうしてくるりと背を向ける。背を簡単に向けるということは、あちらに今のところ敵意はないということだった。案外あっさりしてるんだなと思うけれど、それはそうだ。事実、【百夜教】は【帝ノ鬼】より巨大な組織で、どうせ戦争をするんだったら仲間は多い方が良い、という感じで椿に対する目もそんな程度なんだろう。私だって戦争するんだったらそう思うし。まあ、地位に興味なんてないからしないけど。だるいし。

「ーーああ、そうだ、」

私も彼に背を向けようとした、その時。思い出したかのように声を上げ、木島は半身になってこちらを見た。

「先日、同じ交渉を一瀬のグレン様にも持ち掛けたのですが、断られました。その際貴女にもこのお話をすると言ったので、一応貴女にも、そのことを伝えておこうと思いまして」
「...御丁寧にありがとう」
「いえ。では、くれぐれもこれから起こることには手を出さないよう、お願い致します」

そうすれば、貴女方には一切危害を加えないとお約束致しましょう。そう最後に念を押して、木島とやらは消えた。あちらは私に誘いを持ち掛けて断られただけだけど、こちらにしてみれば、謎が残るばかりだ。【百夜教】は、私達が知らない情報を持っている。多分それは、柊家も知らないこと。

(...これは、手を出さない方が身の為だな)

疲れたように息を一つ吐いて、ふらりとまた歩き出した。



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