オラトリオの嘆き | ナノ

( ...こんな学校でも、こんなことやるんだ)

普通の学校と変わらないじゃない。そう内心ちょっと呆れて、半眼で舞台を見つめた。そこでは校長が長ったらしいお祝いの言葉を述べていて、私を含めた全校生徒千百人あまりは延々と続くそれを立ったまま聞かされている。あーあ、早く終わらないかなあ。呪術諸々を学ぶ為の場所だと言うのなら、こんなの要らないと思うんだけど。落ちてくヤツは勝手に落ちてくでしょ。

(こんなんなら、入学試験適当に落ちとけば良かったかなあ...)

まあ、無理だけど。校長の話なんて聴く気は勿論なくて、あまりにも暇過ぎてこんなことまで考えてしまう。私は面倒臭いことはなるべくしたくない女だから、椿家の議会のジジイ共に何か言われるようなことはしない。もし仮に試験を適当にやっていたならば、この学校に入ることより数段面倒臭いことになっていただろう。

「ねぇ、一瀬グレン、」

そこでふと、凛とした声が前から聞こえて目をやる。私の前には美十ちゃんが居た。相変わらず、名門・十条家の証である真っ赤な髪が目に痛いくらい目立つ。彼女とは小さな頃から懇意にしていたから、ただでさえ美人で目を引く上にそんな目立つ容姿をしている美十ちゃんと並ぶと、人目がこちらにも向けられてしまって。それが嫌だと感じる時期もあったなあ、なんてぼうっと考える。まあ、今は大好きだけど。
その間に、グレンと美十ちゃんの会話も進んで行く。

「んで? その自意識過剰なアイドル志望者が俺になんの用だ?」
「誰がアイドル志望者ですか!」
「...ふふ」

思わず笑い声をもらすと、ぴたりと美十ちゃんが動きを止める。そして少し怒ったような顔で肩越しにこちらを見た。

「...香代?」
「あはは、ごめんごめん美十ちゃん、つい。どうぞ、そのまま続けて下さい?」
「......」

言いながらちら、とグレンを見ると、一瞬目が合った後すぐ逸らされて。そうしてまた、彼等の売り言葉に買い言葉の会話が再開される。それは、聞いているだけで暇潰しになるし、校長の話よりも何十倍も楽しい。美十ちゃんがグレンの言葉でいちいち過敏に反応するのに可愛いなあ、と思う。

「まあ良いです、無知な貴方にこれ以上自己紹介しようとは思いません」
「そうか。まあ、お前がアイドル志望だってことだけはーー」
「だから違うと言っているでしょう!」

(...あらら、)

美十ちゃんがそう叫んだのには、流石に私も驚いた。校長の話が止まり、周囲の視線が一気に集まる。可哀想な美十ちゃんは、その髪に負けないぐらい顔を朱に染め上げ、謝罪の言葉を紡いだ。恥ずかしそうに縮こまる彼女は、やっぱり可愛かった。それに見かねて口を開いて、一瞬、どうグレンを呼ぶべきか逡巡してから、声を乗せた。

「...一瀬くん、」
「あ?」
「女の子を虐め過ぎるのはどうかと思うわよ」
「コイツが先に言ってきたんだろうが」
「あれ? そうだっけ?」

きょとんとした顔を作ると、彼は呆れたようにこちらを半眼で見てから、また美十ちゃんの方を見た。顔にまだ赤みが残る彼女にグレンが背中を殴られるけど、全然痛くなさそうだ。

(あーあ、神経逆撫でするようなことを何でわざわざ言うかねぇ)

呆れ口調で内心呟く私だけど、それをちゃっかり楽しいと思ってしまっていて。私もグレンと同じかあ、と密かに苦笑いを落とした。それから耳を澄ませて前の二人の会話を暇潰しがてら聴いていると、話題は真昼のことに移って。やはりというか何と言うか、真昼のことになるとグレンは過敏に反応を見せる。

「真昼様は本当にお綺麗で、それでいて従家の人間にも分け隔てなく優しく接して下さる、女神のようなお方ですから。ねえ香代?」
「ああ、...うん、そだね」
「この椿香代は真昼様の幼馴染みで、とっても仲が良いんですよ、...って聴いてますか一瀬グレン!」

嬉しげに美十ちゃんがこちらを見たと思ったら、今度は探るような目でグレンに見られてしまう。思わず、視線が合うその前に目を逸らす。

(......“女神”、ねえ?)

袖に下がる校長と入れ替わりに出てくるその“女神”とやらを眺めながら、思わず溜め息を吐いてしまう。いきなり同意を求められるものだから、思ってもないことについ頷いてしまった。いや、思ってもない、は言い過ぎだろうか。確かに私も彼女の容姿は美しいと思うし、見とれてしまう時だって未だにある。

「ご紹介有難うございます。柊真昼です、」
「......」

しかしだ。私は彼女を女神だとは思えない。どうしても真昼を女神と形容するには違和感が纏わりつく。
だって、彼女はーー。

(......彼女は、グレンに恋するただの女の子なんだもの)

鈴が鳴るような声音で言葉を紡ぐその姿に眉をひそめてから、胸に広がるじんわりとした苦さに、歯を食いしばる。そして、ゆっくりと口を開いた。

「ーー仲良くなんてないわ」
「...香代?」
「私、大分あの子に会ってないの。大方、嫌われでもしたのかもねぇ」
「えっ」

あまりにも呑気な口調で言い放ったからか、美十ちゃんは目を見開いた。グレンもそれには少し驚いた様子を見せていて。その二つの視線を無視して、自嘲気味に笑って舞台にいる真昼を見上げた。彼女は、私になんて気付かない。



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