オラトリオの嘆き | ナノ

(...げ)

名簿を見ながら廊下を歩いていると、自分の名が最後のクラスに載っていて顔をしかめた。一組から順に見ていたから無駄な時間を要した、というのもそれの理由として勿論あるが、問題はそこじゃない。

(何この面倒な面子...)

九組の列の、柊、一瀬、三宮、五士、十条の名前を見る。ここに椿家も加わるとなると......ああもう、何だか頭痛がしてきた。絶対面倒臭いし絶対面倒ごとを押し付けられたぞこれは。何なんだこの名家のオンパレードは。こんなのを見せられてしまうと、教室に行く前からげんなりしてしまうじゃないか。ただでさえ乗り気ではないのに。
美十ちゃんや三宮のところの長女は良い。百歩譲って、典人も良い。葵さんに至っては殆ど話したことがないし。でもグレンと深夜なんて...絶対面倒なことになるじゃない。本音を言ってしまうと、中立の立場にいる椿家の人間をこういうことに巻き込まないで欲しかった。長い溜め息を吐く。

(......でも、ふうん。やっぱりあのクソ野郎は真昼と同じクラスなのね)

冷めた目で三組に配された生徒の名前を見ていくと、椿一月と柊真昼の文字を見つけた。まあ、従者をわざわざ引き離す理由もないか、一瀬と違って。グレンの従者である時雨ちゃんと小百合ちゃんは、九組とは随分離れた組に名前があるのをさっき見つけていた。

(あーあ、まったく...私の苦労が増えるじゃないの...)

いつものことながら、柊様はやりたい放題ね。あーもう、ほんっと行きたくない...。けれども一気に鉛が付いたように重くなった足を止める訳にもいかなくて、あからさまに暗い顔をして九組へと足を運んだ。






柊家の分家は椿、一瀬や三宮、五士や十条などを含めて十一ある。柊家が起こったのは約千二百年前。椿家が柊から分かれたのは約千年前で、分家の中では一番早いらしい。力の大きさでは柊家に負けるが繊細な技術のみでは勝っている、と家の者に教えられたけど、実際のことは分かったもんじゃない。でも、ちょっと何かをやらかしても柊がガミガミ口うるさく言ってこない辺り、真実なのかもしれないなあなんて思ったり。まあ私も父も、勿論付き従ってくれる従者達も、平和に暮らせれば序列などに大して興味はないから別にそんなことどうでもいいのだけど。でも敢えて言うなら、中立の立場とはいえ家同士の揉め事の仲裁役に椿家を回さないで欲しい。全くもっていい迷惑だ。

(うーん、どうせなら、一番後ろが良かったかなあ、...なんてね)

窓側の後ろから二番目。九組のそこが私の席だった。ちなみに後ろには例の一瀬グレン。これは柊が仕組んだことなのか? 或いは偶然なのか? ...まあ、どんな考えがあろうと別に良いけど。柊だって椿に迂闊に手なんて出せないだろうし。

(ああ、だるいなあ)

退屈凌ぎに窓の外を見ていると、女性教師が入って来てああだのこうだのとどうでもいいことを話し始める。これ真面目に聴いてるヤツなんているのかな? ...いや、逆に聞き流してる私のが珍しいかな。だってここは、天下の柊様が統べる学校だものね。みんな『帝ノ鬼』のエリート街道を歩きたいが為に必死だ。ああ馬鹿らしい。

「まあ若干一名、人ではないネズミが混ざり込んではいますが、」

(......教師も教師なら生徒も生徒だな、...腐りきってる)

仮にも生徒であるグレンを教師はネズミ呼ばわりし、生徒は平気でそれに笑う。勿論それは大多数だけど全員ではなくて、私は気色悪い笑みを浮かべる生徒から除外される少数だ。表情に侮蔑の色が滲み出ないように自分を抑えて、密かに机の下で手首を強く握った。後ろだから見えないけど、おそらく今グレンはへらへらと笑っているのだろう。この腐りきった世界で理不尽な扱いを受けて。それが、私はとても嫌で、苦しい。

「...あれ、何でこんな静かなの?」

と、そこで、突然教室の扉が開かれた。静まり返る室内。走る緊張。現れたのはーー柊深夜だ。柊の名を持つ者。優男のような笑みを浮かべて、相変わらず呑気そうな口調で話す。兄とは違って彼の話し方には何故だかイラつかないのだから、不思議だ。

「で、ですが、そのようなネズミの隣に...」
「ねえ先生、教師が教え子をネズミなんて言うのはどうかと思うよ」

彼は担任の女と言葉を交わすと、こちらにやってきてグレンの隣の席が良いだのと宣い始めた。二つ返事でその席の女も嬉しそうに退くのだから、養子と言えど柊の名前の力は大きい。整った容姿のせいもあるのだろうが。
どういう意図があってコイツはこんなことをするのかと眺めていると、その深夜と目が合った。

「やあ、香代」
「.........」

柔和に微笑む深夜から、私へと視線が集まる。グレンの視線も、すぐ横から感じた。面倒臭いなと思いつつも瞬時に頭を働かせて、最も良いだろう選択をする。表情を変えずに、私は彼に向かって頭を下げた。すると、深夜はそれにちょっと驚いたような顔を一瞬する。

「...ああみんな、邪魔してごめん。ホームルーム、続けて下さい」

そう言うと、弾かれたように教師ははっとしてまた退屈な話が再開される。欠伸を噛み殺しながらぼうっとまたそれを聞き流していると、今度は後ろからこそこそと話し声が聞こえ始めた。勿論、声の主はグレンと深夜だ。

(......ふうん、)

深夜は、私にまでこれを聴かせるつもりなのだろうか。まあ、彼が柊を嫌いなことはもう知っているし、私だって嫌いだから別に聴かれても構わないんだろうけど。そう思ってちらりと彼を見たけど、やっぱりわざとなのか目は合わなかった。



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