つぎはぎラブロマンス | ナノ
::フラグが立ちました

いつものように吊り革に手を掛け、イヤホンで音楽を聴きながら電車に揺られているとき、ふと思いたってポケットからスマートフォンを取り出した。すいすいと指を動かしてロックを解き、メールフォルダを見る。

(やっぱり...メールあるよね...)

そりゃそうだわ、あんなに現実味のある夢なんてある訳ないし...。自嘲気味に引きつる口角を無理矢理上げて、がくりと頭を落とした。もういっそのこと記憶喪失にでもなってしまいたい。暫くそのままゆらゆら電車に揺られてから、このままだと寝そうだなと思って夢の世界の一歩手前でゆっくりのっそり頭を起こし、眠気に霞む目で画面を見つめて昨日も見た筈のメールをまた開いた。



From 白石蔵ノ介
Sub 無題
綾ちゃん、さっきぶり、白石です
さっき出来ひんかったから軽い自己紹介をしとくと、藤波高校2年で硬式テニス部に入っとります。一応副部長やっとるで

あんまメール好きやないから、この辺にしとくな
また改めて自己紹介するで
ばいばい



(......綾ちゃん、だってよ)

共学の男の人は、よく分からない。『綾ちゃん』だなんて同い年の男子に呼ばれたのは、一体いつぶりだろうか。小学生のとき? 中学では名字にさん付けとか、単に名字を呼び捨てだとかだったから多分そう。共学ではそういうの普通なのかな。何か不思議な感じ、こういうの慣れてるんだろうな。
うーんと顎に拳を当てて考え込んでいると、窓ガラス越しにホームの駅名が見えた。電車もスピードを落として、ゴトンと揺れて止まる。いつも純子や爽やかくんが乗り込んでくるところだ。昨日、私が白石さんに告白をしてしまった場所でもある。

(昨日の今日だし、ここであったら最悪だな...)

あれ、これフラグじゃないよね? はは、まっさかー。マイナスの想像をして思わず顔を引きつらせていると、後ろの扉が開く気配がして出る人と入る人でごった返す。私が乗るところはそうでもないけど、ここは朝だと凄い人だよね、なんて考えながらぼうっとしながら肩越しにそちらを見ていると、私と同じ登校途中であろう男子高校生と見られる二人が乗り込んで来た。
どこの学校もあまり変わりないスタンダードな学ランはともかく、隣の独特な色をしたブレザーには見覚えがあり、嫌な予感がしてすぐに顔を確認すると次の瞬間ぎょっと目を見開いていた。言わずもがなである。

「いつもながらすっごい人やなあ...」
「せやなあ」

(なにこれ何のフラグだよ誰もこんなの望んじゃいねぇよ...!)

動転のあまり、思わず口が悪くなるのは御愛嬌である。むしろこれを口に出さなかったことを褒めて欲しいくらいだ。
白石さんとヒヨコくんは、私には気付いていないみたいで扉の横で何やら話している。耳を澄ましてみると、試合やら大会がどうたらこうたら。...いやいやそんなことは今どうでもいいんだよ。

落ち着け、落ち着け、と自分に言い聴かせてから音楽の音量を周りに漏れない程度に上げて、外界の音をシャットダウン。そして目立たないように、かつバレないように、を心掛けてスマホをスカートのポケットに入れてなに食わぬ顔で吊り革に再度手を伸ばした。我ながらスマートな動きである。二人の顔をちらりと窺う限り、こちらには気付いていないようで。取り敢えず一安心。

(はぁ...命拾い)

いや、別に命は狙われていないんだけれども。
でもこのまま電車で揺られていれば、彼等は私には気付かない。よし、このままでいれば何も問題はない、大丈夫だ。...でもあれ、電車下りる時どうしよう。ダッシュか? いや無理だ。うーむ、と新たな問題に直面して眉間に皺を寄せた。

(この人混みだしな...)

「あ、綾、おっはー」
『っ!?』
「え、ちょ、どした...?」

いきなり肩を叩かれて、大袈裟にびくりと反応してしまったせいで派手に鞄を落としてしまった。慌ててイヤホンを両耳から引っこ抜いて、隣で迷惑そうに顔をしかめるサラリーマンに謝りながら鞄を拾う。
そのとき、ちらりと恐る恐る白石さんの方を窺うと、案の定ばちりと彼の茶色の瞳と目が合って、ふわりと微笑まれておまけに手も振られる。驚きに一瞬息が止まって、慌てて目を背けた。

『死んだ......』
「おーい、綾? 何かゴメン...」

音楽をつけたままのイヤホンをゆらゆらさせて、この世の終わりかのような勢いで顔を覆う私は、傍から見れば酷く滑稽だろう。...いや、何も事情を知らない人にはただの迷惑な女子高生か。隣のサラリーマンには申し訳ないことをした。

そんなことをしている内に梅田へと着いて、朝だというのにテンションだだ下がりな私を不審がりながらもどうにか引っ張って、純子はホームに降りた。そのとき扉の脇にいた白石さんが、「綾ちゃんおはようさん」なんて爽やか笑顔を添えて言ってくるから、また私は頭を抱えるハメになった。
まあ、彼は1ミリも悪くないんだけども。

ヒヨコくんと純子は彼のその行為に同じようにぽかんと呆気にとられて、ものの数秒でその間をアナウンスと共に自動ドアが隔たった。


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