つぎはぎラブロマンス | ナノ
::罰ゲーム

「……」
『……あの、返事は別に、』

良いです。そう言おうとしたけれど、目の前の彼が私の言葉を遮ってその柔らかな声で何かを言った、から伝わらなかった。改札口を通る人の視線や、罪悪感、恥ずかしさから彼の顔が上手く見れなくて、そのことで頭が一杯だった私は爽やかくんが何を言ったのか聴き逃してしまった。もう一度聴き返そうと、深く俯いていた頭を上げた。彼は、仄かに笑みを浮かべている。

『あの、今なんてーー』
「ええで」
『…………はい?』
「ははっ、これで繰り返すん3回目やで? やから、ええでって言うてるんや」
『は……、』

「え え で」って、なに?
面白そうに目を細める彼を、ぽかんと呆気にとられて目をまん丸にして口を開けながら見つめ返していると、爽やかくんは更に楽しそうな笑みを深めた。

何故初対面で話したこともない筈の私と爽やかくんがこんな状況になっているかというと、事の発端は数時間前に遡る。







「この前のテスト、採点終わったから返却するでー」
「「「はあー!?」」」
『っ……』

うるさ。そう思って思わず両手で耳を覆った。窓開いてるから、女子とは思えないさっきの野太い声、近くの住宅街まで聞こえたんじゃないかな。こんな“おしとやか”とは程遠い声を聴いたら、近所の人も梅女のことをお嬢様学校とか呼ばないんじゃないだろうか。そんなことを考えている間にもぎゃあぎゃあ喚くクラスメイトの声はとてもうるさいけれど、女子特有のあの高いきんきん声と比べると、私はこっちの方がまだ聞いていられるなと思った。や、別に好んで聴きたい訳じゃないけど。共学んときはイケメンが居たから女子の声、凄かったもんなあ。ありゃたまったもんじゃなかった。

「いっつも遅いんに何で今回はこない早いねん!!」
「ふざけんな!!」
「はい知りませーん、自分等が何言っても返しますぅー。はい秋山ー」
『……そんなに嫌かな』
「…何やの、その余裕」
『え?』

テスト返しを渋っているクラスメイトと、大人げない担任教師の佐々井ちゃん(担当教科は世界史)を後ろの席から遠巻きに、頬杖をつきながら眺めていると、隣の席のぼそりとやけに暗い声が耳に入った。私の隣の席は純子で、見ると彼女は一世一代のピンチと言わんばかりに顔を強張らせている。
え? お前さっきまで授業潰れるとかで喜んでなかった?

『何でそんないきなり暗くなったの? たかがテスト返しでしょ?』
「たかが…やと…!?」
「えらい自信やな篠崎!! 羨ましいわほんま!!」
『え、えー…』

たちまち凄い勢いで返答が返ってくる。うわ、なんか後ろの席の安藤まで入ってきたわ。安藤の名字は見ての通りのあ行なので、秋山さんの次でもう既にテストが返ってきている。どうだったのかなと軽い好奇心で安藤のテストを覗きこもうとすると、「やめんかわれ!!!」と鬼の形相で睨み付けられた。こ、こっわ…。安藤って目ぇぱちっとしてるから目力ヤバいし。いやまあ私が悪いんですけどもね。正直ビビった。
そんな安藤は早急にテストの紙を折って、実にスピーディーな動きで鞄の中に突っ込んでいた。わー凄い。こちらを威嚇せんばかりに見つめてくる安藤に謝罪と共に苦笑いもこぼしてから、ふと純子の方を見る。すると、彼女も比較的名前の順が早い方なので、佐々井ちゃんに名前を呼ばれてテストを受け取りに前に向かっていた。二人は人目を憚らず、大声で話し始める。正直言ってうるさいし迷惑だ。

「どっ、どうやった…!?」
「ま、まあ…いつもと同じくらいやな」
「同じくらいって、それ低いってことやないか!!」
「うっさいほっとけ!!」
「はいうるさいだまれー。篠崎ー」
『はい』

私の隣と後ろでギャアギャア騒ぐ奴等をよそに、席をそそくさと立つ。前に向かいながら今回もあんまり変わらない成績なんだろうなあなんて考える。成績が落ちるのも考えものだけど、何にも変わらないってのもまた考えものだよなあ、安定してるってことなんだろうけどさ。そうして佐々井ちゃんからテストを受け取ると、ぽんといきなり彼女に肩を叩かれた。 え?

『先生…?』
「ドンマイや、篠崎」
『(ドン、マイ…?)』

何のことだろう。佐々井ちゃんの顔からは私への同情の色が窺えた。同情されるようなことあったか? そんな風に首を捻りながら歩を進めつつ、紙に視線を落とすと、その直後に思考回路以外の全てが止まった。自分の席の目先でいきなり立ち止まったそんな私を見て、不思議そうに純子と安藤が私の名前を反芻する。

「綾?」
「篠崎?」
『  』

一呼吸程の間があいて、力が弱まった私の手からひらりと紙が床に落ちる。それを見てぎょっと、二人が目を見張ったのが視界の端で分かった。







がたんごとんと特有の音を鳴らしながら目的地へと進んでいく電車。私達が帰宅する為に使うこの電車は下りなので、この時間帯でもあまり人が居ない。にも関わらず、純子を始めとした友人連中はがら空きの座席に腰を下ろすことはせず、さっきからニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら私のことを眺めている。非常に居心地が悪い。お前等そんなことして何が楽しいんだよ。

「いやー、まさか綾がビリになるとわなあ…予想外や」
「解答欄ずれてたんやろ? 何でそないなことになったん綾ちゃん?」
『いやもう、何かよく覚えてない…』
「解答欄ずれてたとか…っ!」
「純子ちゃん!」

笑いを我慢しているつもりなのか、でも全く出来ていない純子と愉快な仲間達である。いつもの私なら拳一つぐらいくれてやっても良かったのだけど、今はちょっとそういう気分にはなれなかった。何かもう疲れた。
そんな愉快な仲間達とは違って、友人の一人である由奈ちゃんだけが純子達をたしなめて、その上心配そうに声を掛けてきてくれる。更によしよしという風に頭までもを撫でてくれるので、私には彼女が天使にしか見えなかった。流石長女だわ。この容姿だし共学行ったら確実にモテモテだろうな。

「安藤も見たがってたで、罰ゲーム」
「でもあの子上りやからなあ…残念がってたで〜」
『知 る か』

純子達がニヤニヤしながら口にする【罰ゲーム】とは、今回の世界史のテストの点数で最下位だった人に課せられる(このメンバー内で暇だったからこの前決めたらしい)ものらしい。暇だからといってそんな恐ろしいことを考えるなんて凄まじい人達である。それを決めたとき、私は生憎現実世界と夢の世界との中間をふよふよ漂っていたのでそんなこと全く記憶にない。てか誰か起こせよ、絶対面白がって起こさなかっただろ。
今日程散々な日はないと思いながらむすっとしてそっぽを向いていると、隣の号車にミルクティー色が見えた。あ、と驚きから思わず意味をなさない言葉が口からもれる。純子達が私を見て、それから視線の先を追って隣の号車を見た。いつもはこの時間居ないのに、今日に限ってまたどうしたんだろう。


× 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -