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「...あれ、清水?」
「うん?」

たまたま目に入ったとばかりに不意に声を上げた澤村は、椅子を引いて後ろの席の菅原をちらりと見る。確認するような声音に角度的に扉側は見えにくいのか、菅原は身を乗り出してその姿を見ようとする。すると、教室の入口に控えめに清水が立っていて、こちらが自分を確認したと分かると手を小さく動かした。

「あ、ほんとだ、清水だ」
「何か呼んでるな、」
「どしたんだろ」

清水が教室にわざわざやってくるなんて珍しいことなので、疑念を抱きながらもすぐに二人は彼女の元へと向かった。言いたいことがあれば今日だって放課後には部活があるのだから、そこで言えば良い。それなのに何故彼女はわざわざ昼休みの時間を使ってここにやってきたのか。

「いきなりごめん、二人とも」
「いや、俺等は全然大丈夫だけど...」
「何かあったのか?」
「ううん。...でもちょっと、二人に言っておきたいことがあって」

二人が清水の前へとやってきて用件を尋ねるよりずっと早く、彼女は口を開いて今中庭で話をしても大丈夫かと聴いてきた。そんな清水の表情はいつもの無表情ではなく、真剣な、それでいて何かを心配するような感情が感じられた。澤村と菅原はその申し出に何事かと戸惑いはしたが、すぐに二つ返事で了承して、三人は中庭へと歩を進めた。






昼休みだからか、中庭にはぽつぽつと人がいた。友人と昼食を摂る者。芝生にごろんと寝転がって昼寝をしている者。皆思い思いの時を過ごしており、様々だった。

「...志織のことなんだけど、」

木陰に入ると、清水は早速用件の話に入った。志織の名前がいきなり出てきて、二人は顔を見合わせはするがあまり驚いてはいない様子だ。澤村も菅原も、志織にはちょっとした違和感に似たものを感じていた。だから驚かない。彼女には、何かある。

「今野?」
「うん、二人も...何か気にならない?」
「気になるって...」
「この前食堂で話したでしょ? 志織、あの時...上手く言えないけど、いつもと違った」
「違った?」

こくりと頷く清水を見て、あの時のことを思い出してみる。思い出されるのは、澤村を前にして身を縮こませていた姿や、青城の主将とそういう仲なのかと言われたときの慌てた顔。ーーそして、転校前の学校のことを訊かれたときの、どこか違和感ある笑顔。あの時は大して気にも留めなかったけれど、確かに言われてみればあの時の彼女は少し、様子がおかしかったのかもしれない。

「私が志織をバレー部に誘ったでしょう? あれ、やっぱり変だと思ったよね?」
「...まあ...そりゃあな。まだ1年生なら分からなくはないけど、まさか同学年を勧誘するとは思ってなかったよ」
「あ、そういえばその理由聴いてなかったな。何で清水は今野さんを誘ったの?」

純粋な疑念から菅原がそう聴くと、清水は少しだけ顔をしかめた。それを見た菅原は自分は何か気分を害するようなことを口走ったかと先程の発言を思い返すが、問題になるようなことが分からない。
それでも菅原が何か言おうと口を開きかけると、それに被さるように清水が言葉を発した。

「二人は、青城にいたセッターの話知ってるよね?」
「セッター?」

また彼女は頷く。青城のセッター、というと、やはり真っ先に及川徹の名前が出てくるが、この話の流れからして彼のことではないだろう。しかも彼女の言葉は過去形だ。だとしたら、『青城のセッター』と言われて他に思い付くものはーー...。

「......」
「......」

そこまで考えて、二人は微かに顔を強ばらせた。バレーをしている者だけではない、スポーツをしている全ての者に当てはまる、最低最悪な末路を思い浮かべたのだ。おそらく清水は、その最悪な末路を迎えた秀才の話をしている。次の彼女の言葉で、その憶測は確信に変わった。

「女バレの元正セッター、“今野”さん」
「......もしかして、その“今野”が今野さんだと思ってるの? 今野なんて珍しい名字でもないだろ?」
「そう、なんだけど...」

何か他にも言いたげに、憂うように目を伏せる清水。そう言う菅原だって、今野という名字、バレーをやっていた、ということから志織に対してあの秀才セッターなのではないかと考えたことはない、と言うと嘘になる。それに、及川と親しげにしていたことや、丁度二年の終わり頃に転校してきたことも、嫌が応にもそう考えてしまう材料になる。考えれば考える程、彼女があの不運なセッターなのではないかと考えてしまうのだ。

「......」
「......」

清水と菅原の目線が下がり、誰も何も口にしない。遠くの方で楽しげな声が聴こえた。ーーそんな風に微妙な空気が流れ始めてしまったその場を打ち破ったのは、今まで黙って清水の話を聴いていた、澤村であった。

「...もし、万が一にもだけど、」

その落ち着いた声を聞いて、清水と菅原が顔を上げる。

「その怪我をしたセッターっていうのが今野さんだとしても、今、 一生懸命バレー部を支えてくれている今野さんに偽りはないだろ?」
「......」
「......」
「もちろん俺もそれがまったく気にならないとは言わないよ。でも、今野さんはその時がきたら俺達に真実を言ってくれるんじゃないか?」

言い終わってから、澤村は清水と菅原の様子を窺う。二人とも志織とは仲が良いから、気になる気持ちも心配する気持ちもよく分かる。ーーそれに、今は西谷と東峰の件もあるから、普段以上に部活関係のことを意識してしまうのだろう。この間手をやいていた一年生の一件がやっと収まったのに、まだまだ色々な問題があるなあ、と澤村が軽く息を吐くと、菅原がその彼を困ったような顔で見た。澤村は目を丸くする。

「無理に聴きたくはないしなあ...そうするしかないか」
「...おう」
「まさか、それを大地に言われるとはな...なんかムカつく」
「ムカつく!?」
「ははっ」

悪戯するようにそう笑った菅原は、いまだにどこか暗い顔をしている清水に向き直り、「清水、」と優しい声で名前を呼ぶ。すると、彼女はゆっくりと顔を上げた。

「嫌だったら今野さんは断れた。でもそれをしなかったってことは、今野さんはバレーが好きなんだよ。俺達と最初会ったとき、今野さんは力になりたいって、そう言ってくれたんだ。だから、そんな心配する必要ないよ」
「......うん、」

そうだね、ごめん、二人とも。少しだけほっとした様子で、そう清水は微笑んだ。それに菅原がにっと歯を見せて笑うと同時に、タイミングよくチャイムが鳴る。急いで校舎へと戻る周りの生徒達に混じって、3人は走って行った。


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