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(...あれ?)

翌朝、体育館に行ったら見慣れない小さい男の子が居た。私よりも身長が低くて、ちょっと驚く。ここにいるということはバレー部なんだろうなあ、あの身長だと多分リベロかな? いや、身長で判断するのは良くないな...何たって日向くんの件があるし...。なんて考えながら遠くから様子を窺っていると、潔子ちゃんがこちらまでやって来て、微笑を浮かべながら彼について説明をしてくれた。

「2年の西谷だよ、今まで部活禁止になってたんだけど、漸く解けたみたいだね」
『へぇ...そうなんだ...』
「あっ!! きっよっこさーん!!」
「......」
『(デジャヴだ...)』

潔子ちゃんを呼ぶ声や、潔子ちゃんのこの不機嫌げな表情は以前にも見たことがあった。いつかの田中くんと同じだなあ。あははと苦笑いをこぼすと、ふと視線を向けた方には潔子ちゃんに手を振る例の西谷くんが居て、私と目が合うと彼が大袈裟に固まるのが見えた。え、と思わず驚きの言葉を呟くと、思いっきり目を逸らされて飛雄ちゃんと日向くんの肩に腕を回してひそひそ話を始めてしまった。そこに田中くんも混ざって、更に近付きにくい雰囲気が漂う。

『え、ええ...?』
「あんまり気にしない方が良いよ、志織」
『う、うん...』

むすっとする潔子ちゃんに戸惑いながらも頷いて、また後輩達へと視線を向けるとまだひそひそ話をしているのが見えて。これは堪えるかもしれない...なんて苦く思いながらそれを眺めていると、ふと視界の端に見留めた菅原くんに焦点を合わした。すると、菅原くんが手を合わせてすまなそうにしているのが見えて、気にしてないことを伝える為に首を軽く振った。いや、気にしてないなんて嘘なんだけどね。さらにおまけで言うと、菅原くんの隣の澤村くんの顔が毎度のことながら物凄く怖くて、それを見た西谷くん達は面白いぐらいに慌ててその場から散っていった。

「ーーで、旭さんは? 戻ってますか?」

気を取り直したように声を明るくした西谷くんの言葉に、離れたところにいる菅原くんが言いにくそうに唇を引き結ぶ。潔子ちゃんを見ると、同じように眉をひそめていて。西谷くんのその言葉で、体育館の空気が少しばかり張り詰めたのが分かった。

(あさひ、)

その名前の響きには聞き覚えがあった。誰の名前だろう...菅原くん達が言いにくそうにするのだから、恐らく3年生...。様子を窺いながら記憶を辿っていると、澤村くんがその「あさひ」という人物が戻っていないことを伝えるとすぐに、西谷くんは怒って体育館から出て行ってしまった。あの根性なし、あさひさんが戻らないなら俺も戻らない、と吐き捨てて。

「...あさひって言うのはね、」

みんなが困り果てたように西谷くんが出て行った扉を見つめている時。潔子ちゃんがおもむろに口を開いて、私に「あさひ」という人物のことを教えてくれる。エースで3年生、ある試合でブロックに徹底的に捕まってしまったこと。そして最後には、トスを呼べなくなってしまったこと。恐らくそれが理由で、部活に来なくなってしまったこと。

飛ぶことは決して出来なくて、ただただひたすらボールを繋ぐことを仕事とするリベロにとって、スパイカー、中でもエースは大きな希望だ。

「志織が諦めたら、私がどんなに頑張ったって無理なのよ」

私はエースなんて大それたものではなかったけれど、そんなことをかつてリベロに泣きそうな顔で言われたことを、今でもよく覚えている。彼女の声は、悔しそうな、でもどうにもならない諦めのようなものも同時に滲んでいた。


ーーそこまで考えて、はっとする。いけない。何で私はこんなことまで考えているんだ。昔の思い出を思い返して、どこかぼんやりとしている頭を揺り動かして醒ます。それを見た潔子ちゃんが何事かと心配をしてくれて、それに何でもないよと笑って返した。

(...そっか、)

潔子ちゃんの話を聴き終わって、やっと「あさひ」という人物のことが私の中ではっきりした。私は彼のことは名字で呼んでいたから、すぐには気付かなかったのだ。私は彼のことを知っているし、話したことだってある。

(あさひって、東峰くんのことか)


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