スカイライン | ナノ


「今野、澤村が」
『え』
「なんか笑ってる、こわい」

いつも表情をあまり変えないシロコが、珍しく顔をひきつらせている。彼女の目線の先を見てみると、確かににこやかに笑う澤村くんがドアのところに立っていた。後ろには、申し訳なさげに苦笑いをこぼす菅原くんと、小さく手を振ってくれている潔子ちゃんが居る。笑っているのに怖いなんて表現失礼だろうと思ったけど、納得した。確かにあれは怖い。

「明らかにあんたに用件ある感じだよね、アレ」
『あー……』
「何かやらかしたの?」
『そんなはずは…。でも、心当たりはある、かな』
「わーお。怒ると怖いかんね、あいつ。気を付けなよ」
『あれ見れば分かるよ…』

心配してくれているのか楽しんでいるのかよく分からない調子のシロコの声を背中で聞きながら、私はおそるおそる澤村くんへと近付いて行った。






「じゃ、聞かせて貰おうか」

丁度お昼休みだということで、場所を移して食堂へとやってきた。4人で食堂の端の席に腰を落ち着けると、目の前に座る澤村くんが腕を組みながらそう口火を切った。変わらず澤村くんは笑顔で、その表情と真逆の心情が込められた声音に、自然と体が縮込まる。おまけに目線までもが下がってしまう始末の私を見かねて、潔子ちゃんが口を挟んでくれた。

「澤村、志織が可哀想」
「えっ」
「大地、一方的に聞くんじゃなくて今野さんの話も聞いてやれよ」

そう潔子ちゃんに続いて澤村くんをたしなめる菅原くんは、まるでお母さんのようだった。そんな二人にぐっと言葉を詰まらせた澤村くんは、がっくりと肩を落として「すまん…」と一言。それが自分に向けられたものだとは一瞬理解が遠退いて、一呼吸の間の後私は気にしないでと手を左右に振った。

『きっ気にしないで、私も言わなくちゃなって思ってたし』
「え…」
『及川くんとかのこと。不思議に思ったでしょ?』

頬を掻きながら笑ってそう訊ねれば、澤村くんは返答に困ったのか、右隣の菅原くんと顔を見合わせる。まあ、そうなるよなあ…なんて内心苦笑いしていた私だが、隣の潔子ちゃんはそんな私と反対に、その反応に焦れたように声を発した。彼女が私を問い詰めるように詰め寄る。

「青城の主将と、付き合ってるの?」
『えっ』
「ちょ…ちょっと清水、いきなり過ぎるだろ!」

澤村くんがガタタッと椅子を引いて、思わずといった感じに立ち上がった。周りの目が集まる。そういう澤村くんも、潔子ちゃんが言った通りのことを考えていたのかチラチラと私の様子を窺ってくる。その視線にどうしようと考えていると、ふとはたと我に返る。「なっ、ないないないない!」澤村くんと同じように椅子を引いて立ち上がり、手を左右に動かして全力で否定する。まあ、それも周りの視線に堪えかねてすぐに椅子に座り直したんだけど。

『いや、あり得ないよ? 及川くんとなんて……あり得ないあり得ない。そんなの及川くんに悪いよ』
「そうだとしたら、余計許せない。付き合ってもないのに志織にあんなことして…」
『お、及川くんはそういう人だから。しょうがないよ』

き、潔子ちゃんが怒ってる…。眉をひそめて不快感を露にする彼女を見て、少しばかり驚いた。私もこんな彼女は初めて見たし、前の二人も見慣れていないのかちょっとびっくりした様子だった。
及川くんはそういう人だから、別に私は構わないんだけど…、長く彼と一緒に居たせいで、正常な感覚が鈍ってしまったのだろうか。長いといえば長い、短いといえば短い間だけども。何にしても、潔子ちゃん、私の代わりに怒ってくれてありがとう。

ざわざわと未だ騒がしい食堂の騒音を聞いて、お昼食べ終わってるのにいつまでもここに居ると迷惑だよね、と思ったり、ふと見た時計がもうそろそろで昼休みが終わる時間を指していて、これじゃまた言う機会逃しちゃうよな、なんて考えたりした。それぞれの顔を窺って、この空気じゃ駄目だよなあ、私が言うって言ったんだしと考えて、思いきって口を開いた。視線が集まる。

『えっと、私と及川くんは同じ中学出身でね、仲が…良かったんだ』
「同じ、中学?」
「ってことは、今野さんの中学って北川第一なの?」
『うん、…そう』

確認するように訊ねてくる二人に笑顔で答えながら、私は胸のわだかまりというか、僅かな息苦しさを感じていた。嘘は、言ってないけれど、本当のことを言わないというのはこんな居心地が悪い感じがするんだな。何て言うか…こう……いまいち落ち着かない。

「へー、随分遠いところから来てるんだなあ…。北川第一じゃ、烏野に誰も知り合い居なかったんじゃないか?」
『あー…うん、そうだったかな』
「あれ、今野さんって2年の終わり頃に転校してきたんだよな?」

きた。……菅原くんの質問を聞いて、思わず身構えてしまった。彼は私の身体の不自然な強張りには全く気付かず、不思議そうに首を傾けて混じりけのない眼差しでこちらを見つめてくる。思わず瞬きの回数が減り、目が乾く。こくりと1つ、唾を飲み込んだ。これらは全て、無意識の行為である。

『…そう、だね』
「じゃあ、烏野の前はどこに居たんだ?」
『  』



……密かに、膝上の両手をきつく握り締めたそのとき。菅原くんの不思議げなその呟きに重なるように、チャイムが鳴った。弾かれたように、周りの生徒達が一斉に動き始める。澤村くんと潔子ちゃんには、様子を見る限り菅原くんの疑問は本当に聞こえなかったようだ。好都合。私はあえてその呟きがチャイムに重なり聞こえなかったフリをして、それっぽい表情を貼り付けて菅原くんに訊ね返した。

『ごめん、さっき菅原くん何か言った? 』
「ん? や、何でもない、気にしないで」
「スガ行くぞ! 次体育!」
「おう!」

「じゃあね今野さん!」澤村くんに声を掛けられ、私に向けて手を挙げてから菅原くんは慌ただしく廊下を走っていった。それに小さく手を振り返して、少しばかり廊下を走る二人の背中を見送った後、潔子ちゃんに声を掛けられる。振り返ると、いつものポーカーフェイスで彼女は私を見ていた。

「志織、行こう」
『うん』

潔子ちゃんの言葉に笑顔で応えて、二人揃って廊下を歩いて階段を上っていった。潔子ちゃんのクラスの次の授業はどうやら現代文らしい。お昼後だし眠そうだねぇ、なんて笑いながら彼女と会話をする傍ら、頭の片隅で菅原くんの言葉がちらつく。

知られるのは、時間の問題である。

『(同情されるのは、嫌かな)』

ふっと密かに自嘲気味な笑みを私が浮かべたのを、潔子ちゃんがそのレンズ越しの瞳で見ていたことに、私は気がつかなかった。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -