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『え…』

【及川のやつ、練習中怪我して病院行ってたのよ。まあ結局、軽い捻挫だったみたいだけど】

他愛ない何往復目かの紗綾香とのメールで、私は及川くんが練習試合に遅れた理由を訊ねた。多分、あまり大した理由じゃないんだろうなと軽く考えていた私に、数分して返ってきた紗綾香からのメールを見て、衝撃が走る。

【で、でも! ほんと大したことないのよ? 本人もヘラヘラ笑ってたし!】

続いて慌てたようにそんなメールが届いた。私を傷付けまいとする紗綾香の優しさからのメールなんだろうけど、彼女も充分に、痛い程知っているはずだ。及川くんは私のように、上手く周囲を誤魔化してしまうことを。そして、もし周りが見付けなければいけないものを、本人がひたすら隠してそのままにしていたら、最悪な結果に行き着いてしまうことも。
紗綾香は、痛い程それを知っているはずだ。

その“もし”の末路をつい想像してしまって、いてもたってもいられなかった。及川くんに今すぐ電話をしなければならないという使命感のような感情に突き動かされ、すぐさま電話帳へと移動し、迷うことなく『及川徹』という名前下の数字の羅列を押した。







欠伸を一つ落として、目を瞑って髪を拭いていると、充電しているスマホが震えて机からブブブと変な音がした。誰かなーとスマホを取って見ると、【志織ちゃん】の表示。夜に電話を掛けてくるのは男ぐらいだから、志織ちゃんから電話がくるなんて思いもしてなかった。でもまあ、もう少し経ったら電話しようと思ってたから、手間が省けたかな、なんて思いつつスマホを耳に運んだ。

「もしもー、」
《及川くん》
「……え、志織ちゃん? なに、どしたの?」

あまり聞いたことのない志織ちゃんの低音を聴いて、思わず目が覚めた。普段からそんな高くなく、落ち着いた声音の心地いい声だが、今のはそれよりももう一段階低い。名前を一回呼ばれた後はスピーカーからは何も聴こえてこなくて、沈黙だけが流れる。
ただならない志織ちゃんの雰囲気をスピーカー越しに感じて、その場に腰をおろして胡座をかいた。雰囲気は似てるけど、試合でもこんな志織ちゃんは一度も見たことがなかった。

《…及川くんさ、》
「うん?」
《怪我、したんだってね》
「!……ああ、小川ちゃんだね、聴いたんだ」
《及川くん答えて。足、大丈夫なの》

志織ちゃんの声は今でこそ震えてないけど、いつか震えてしまいそうで、それでいて強い意思を感じた。この彼女の声は嫌いじゃないし、すっごく強いように見える志織ちゃんの、ホントは弱い内面を少しだけ窺えるようで、むしろ結構好きな部類に入る。けど、志織ちゃんの気持ちを考えると、今後こういうことにならないように気を付けなければいけないと、後悔と共に胸が息苦しくなるのもまた確か。

「志織ちゃん、俺は大丈夫だから、安心して」
《……》
「ごめんね、心配させて。気を付けるから」
《…うん》

小さくも確かに志織ちゃんの声を聴けて、ほっと安堵の息を落とす。

多分だけど、彼女は俺がこれからも変わらず、無茶をするだろうことを知っている。俺も努力を怠るなんてこと、しないし毛頭する気もない。“気を付けるから”そんなことを言ったって、所詮それは真っ赤な嘘。志織ちゃんの気持ちを知っていてそんな嘘をつく俺は、外道なんだろう。
でも、そんな俺を全部見透かしてもなお、“うん”なんて分かったような言葉をこぼす志織ちゃんも、俺と同じ外道なんだと思う。

俺は努力することを怠らないし、彼女も口では制止の言葉を紡いでいても、心中では止める気なんてない。いや、“ない”というのは語弊だろうか、彼女の胸中では、俺の知らない様々な葛藤がある。
それはとても複雑で、今の俺には背負いきれないだろうし、支えきれない。いや、背負うだけの力はあっても、どう彼女を支えれば良いのか分からないだけなのかもしれないけど。

《…そっか。うん、大丈夫なら、良いの。いきなり電話してごめんね》
「いーよ、気にしないで。小川ちゃんがまた大袈裟に言ったんでしょ? ただの軽い捻挫なのにさ。小川ちゃん話盛るからなー」
《それでも気を付けないと駄目だよ。紗綾香も心配してたんだから》
「…してたの? 烏野が帰った後、飛び蹴りされたけど」
《あー……うん、えっと、多分》
「多分なんだね!」

さっきまでの空気が嘘のように穏やかなものに切り替わって、やっと志織ちゃんも笑みをこぼしてくれた。それにつられて俺もつい笑うと、「用件済んだし、じゃあそろそろ電話切るね」と、すっかり明るくなった声音で彼女が切り出す。俺もとりたてて大きな用事は無いので、別れの言葉を口にして通話を終えた。

「……、あ」

そういえば、何で志織ちゃんはいきなりマネージャーになったんだろう。


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