スカイライン | ナノ


受話器を元に戻す音がして、通話が途切れた。耳からスマホを離して、そのまま片手で弄って電源を消してから、その辺に転がした。畳に寝転がって、息をゆっくり吐きながら天井を見る。
久し振りに、志織ちゃんの声を聞いた。

あの出来事があってから烏野に転校するまで、彼女は何事もなかったかのように周りに気丈に振る舞って、周りの大多数は最初、壊れ物を扱うような態度をしていたみたいだけどその明るい姿に安心したのか、すぐにいつもの態度に戻った。
俺と同じクラスで志織ちゃんとは違う組だった小川ちゃんは、そんな様子を遠巻きに見つめては忌々しげに舌打ちをして、顔を歪めていた。

「ヤになるわね」
「なにが?」
「は? なにアンタ、分からないの? ちゃんと見てみなさいよあの子を」

それでもセッターなわけ? そんな風に睨んでくる小川ちゃんは、背が低いけど目付きが大分鋭いせいもあって、いつもより割り増しで恐かった。ちゃんと見てみろ、という言葉を受けてじっと志織ちゃんを見つめてみても、裏表ない笑顔で笑っているだけ。イマイチその言葉の意味が分からなかった。
そう考えている間にも彼女は笑っていて、さっきまで隣にいた筈の小川ちゃんが、いつの間にか志織ちゃんの隣に行って、何故だか頭をぶっていた。

『え、え? なに紗綾香、何でうちのクラス入ってきてんの』
「うっさい」
『顔こわいって。それに痛いって。いたっ、痛い!』
「……」

ぶたれてもなお、それでも彼女は笑顔を絶やさない。その代わりに、小川ちゃんの顔は反比例でもっともっと険しくなる。そんな様子を眺めて、俺は何故そんなに気丈に振る舞えるのかが不思議で、そしてあのときは彼女に対して怒りも同時に抱いていたんだと思う。何であんなに好きだと言っていたものを辞めて、あんなに笑っていられるのかと。もしかして、辞められて清々しているのではないかと。静かに握った拳を震わせさえした。
勿論今は、そんなこと思ってないけど。

志織ちゃんは、周りを偽るのが驚くほどに上手かった。それはもう、俺すら騙されてしまうほどに。だから、あの完璧に貼り付けられた笑顔に俺は彼女が転校する最後のときまで気付けなかった。あの笑顔に隠された彼女の本心だって、ついこの間小川ちゃんから知らされたくらいだ。

「(まあ、今元気ならそれで良いんだけどね)」

ごろんと横に転がって、片腕を枕にして目を閉じる。

【不運の秀才セッター】

去年の地方紙のそんな文字が、瞼の裏によみがえる。不運。秀才。二つのその不名誉な短い言葉が、志織ちゃんの胸を抉っただろう。彼女は俺とよく似ている。

さっき電話越しに聞いた声は、清々しい爽やかさに帯びていた。それは元通りの、志織ちゃんの声。初めて会ったとき、なんか良いなと思った声。
青城から彼女が去るときに、一言二言交わした際聞いた声と、何て言うか…うん、よく言い表せないけど、何かが違った。うーん、何かがふっきれた感じ? かな。
それは微妙な声の浮き沈みの違いだったけれど、それには俺も気付いて、さっき志織ちゃんと話しているとき密かにほっとした。まだ俺は、彼女のことを尊敬していて良いんだと、安心した。

彼女はやっぱり、バレーが好きだった。


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