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「今野ー」
『なに?』
「アンタさ、影山クンとどんな関係?」

前の席の笹木くんの椅子に腰を下ろしながら、ザワザワと騒がしい教室をバックに、にやにやと何か裏があるような顔をするシロコを見て、瞬きをする。どうゆうこと? 大体どんな系列の話かは分かったけど、念のためにと尋ねてみたら、「付き合ってんの?」とにやにや顔そのままに率直な質問を飛ばしてきた。

『はい?』
「一緒に帰ってるとこ見たってみんなが言ってたからさー、今野もやるなーって思ったんよ」
『み、みんなって…』
「後輩とか、1組のまっちゃんとか」
『松岡さんって、あの噂好きの…』
「そ」
『う、っわぁ……』

文字通り頭を抱える。今日はやけに視線を感じるなとは思っていたけれど、そんな理由があったなんて…。噂好きの松岡さんのことだから、そのデマは結構な範囲に広がっているとみた。どうしよう、飛雄ちゃんに迷惑掛けちゃう。焦りながらもぐるぐる思考を巡らすと、目の前の一人の噂好きが目に入る。シロコは私と目が合うと、お菓子を口に入れたまま間抜けな声を出した。そうだ、ここにも噂好きが居たんだ。噂には新しい噂を流して、消してしまえば良いじゃないか。

『ね、ねえシロコ、新しい噂流してよ』
「えー、内容によるかなあ」

こそこそと声をひそめて話す私と、それに悠々とにやにやしながら応じるシロコは、端から見ると異様な姿なんだろう。クラスメイトの女の子が訝しげな目で私達を見てきた。その視線にびくりとしてさらに声量を小さくし、飛雄ちゃんとは中学が一緒なだけで何もないと告げると、眉を上げてシロコは大袈裟に目を丸くした。

「え、影山ってあの北川第一出身だよね? 今野もあそこだったの」
『う、うん』
「ほー」

流石の情報網。飛雄ちゃんの出身校まで知ってるなんて。飛雄ちゃんと私の母校である北川第一中学校は、バレー部はもちろん他の運動部も強かったからその名は結構有名だった。ついこの前もサッカー部が県内の何かの大会で良いとこまで行ったらしく、今でも運動部凄いんだなあと後輩達に感心したものだ。

「へー、ほー、へー」
『な、なに?』
「別にぃー。まあ分かったよ、それ流しとこうじゃないの」
『あ、ありがとう』

「んー」と分かったのか分かっていないのかよく分からない声をもらして、シロコはまた一つお菓子に手をのばす。人が食べていると割り増しで美味しそうに見えるのは何故だろう。私もお菓子に手をのばした。
それにしても、後輩にまで噂が伝わっているとは。男女間の噂だと、なお速く周りに伝わるような気がするのは、決して気のせいではないような気がする。このしょっぱさが堪らないよなあ、と青のりの付いた指を舐めると、クラスメイトの一人が読んでいる本にふと目がいった。

『…あ!』
「なに? 今度は」
『図書室の、本の貸出期限今日までだった』
「まーそれは大変ですこと。いってら」
『行ってくる』

朝、坂ノ下商店で買ったという雑誌に目を落とし、ページを捲るシロコを見て、着いてきてくれないんだと関係の楽さや呆れ、それにほんのちょっとの悲しさを感じた。まあ良いけどね。こちらには目もくれずにひらひらと手を振るシロコを横目に、机から小説を取り出して教室を出た。

『(さっぱりしてるよなあ、シロコは)』

廊下を歩きながら窓の向こうの空をぼうっと見る。自分の気分に合わせて、好きに振る舞うことが出来るのは凄いことだと思う。幸せなことだとも思う。周りを見て、状況を読んでから行動してしまう私には到底出来ないことだ。まあ、周りを見てから行動するのも正しいことだと思うから、別にそうなりたいとは思わないけれど。

「あっ、今野さん」
『菅原くん』

眠いなあ、昨日勉強し過ぎたかなあと目元に手を当てていたら、小走りの音がして後ろから声を掛けられた。振り向くと、片手を上げてそこにいる菅原くん。どこに行くのかと行き先を尋ねられたから、本を返しに図書室に行くのだと答えた。ふと視線を下げると、そこで彼の片手に本があることに気付く。

「俺も本返しに行くんだ。一緒に行って良い?」
『もちろん』

菅原くんが人懐っこい笑顔を浮かべて、隣に並ぶ。ざわざわと煩いお昼休みの喧騒が、眠気のせいで一つ壁に仕切られたように遠くに聞こえた。角を曲がってからふと足元に目を落とすと、足を前に出すスピードが彼と違う事に気が付いた。まあ、それはコンパスが違うから当たり前。そしてそのまま隣の菅原くんの横顔を見て、ああ、この人は合わせてくれてるんだなあと思った。でも、菅原くんの横顔は今にも鼻歌を歌い出しそうな感じ。まさかこれは、無意識…だろうか。

「…ん? 何?」
『や、何でもないよ』

ふい、と菅原くんと目線が合う前に逸らして、前を向く。菅原くんは、男の子にこんなこと言うのは何だけど、なんか可愛い。歩幅を合わせてくれるようなさりげない気配りも無意識に出来るのだから、この人はモテるんだろうなと思った。この前会ったばかりで性格はまだよく知らないけど、こんなことを出来る人が優しくない訳ない。
比べたらいけないんだろうけど、飛雄ちゃんとは真逆な人だ。不器用ながらも一生懸命やる姿が、飛雄ちゃんの良いところだけど。それは年上から見ると可愛いけど、年下から見るとどう見えるのかな。バレーに関してはとっても器用なんだけど。

「ねぇ今野さん、勉強って家でどれくらいやってる?」
『どれくらい……どれくらいだろ。2、3時間ぐらいかな、日によると思うけど』
「うわ、流石。凄いな」
『そ、そう? 勉強は、別に嫌いじゃないから…』

こちらを見てそう素直に褒めてくれる菅原くんの顔が、照れくさくて見れなかった。その後も今授業でどこやってる? とか、進学クラスゆえの勉強関係の会話をしているうちに図書室に着いて、本を返す手続きをした後、一旦廊下に出てから次の本を借りないでクラスに戻ると言う菅原くん。私はまた本を借りたいので、彼にその旨を伝えてから別れを告げて、背を向けてまた図書室に入ろうとした。すると、また後ろから名前を呼ばれて振り返る。

『どうしたの?』

私がそう問い掛けると、自分でも何故名前を呼んだのか分かっていないような顔をしてから、それを隠すように菅原くんはすぐに笑った。

「俺も今野さんも試合には出ないけど、頑張ろうな、明日の練習試合」
『うん、そう、だね』
「おう、じゃあまた部活でな」

くるりと背を向けて、にっと最後に笑った菅原くんの姿が廊下の向こうに消えた。それを見てから、図書室の扉の横の壁に背を付けて、窓から射す光に舞う埃を見た。震える息をゆっくり吐く。

頑張ろうな、なんて。

そんなことを言われるなんて思ってなくて、いきなりのことにびっくりした。動揺を隠して、ちゃんと笑って当たり障りのない態度をすることが出来たと思うから、大丈夫だとは思うけど。私のその動揺は、予想外な言葉にただびっくりしただけの動揺ではないから。
試合に出れなくても、菅原くんはそんなことが言えるなんて。

一度目をつぶってから図書室の扉をスライドさせて、カウンターにいる図書委員の視線を過ぎ、陳列する本棚の間に入って視線を巡らす。朝練のとき潔子ちゃんから聞いた、練習試合をするにあたっての青葉城西からの条件。【正セッターである菅原くんじゃなくて、飛雄ちゃんをセッターとしてフルで出すこと】それを聞いたとき、菅原くんの気持ちが私には分かってしまった。

『(菅原くんは、私と似てるんだ)』


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