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随分急な階段を上がっていく。この階段、おばあちゃんとおじいちゃんにはキツいだろうなと考えながら、二階奥の襖をスライドさせて、中に入った。電気を点けて、タオルで髪を適当に拭きながらふと机に目をやると、充電しているスマートフォンの右上が、チカチカと点滅している。電源を入れると、メールが一通きていた。

『おいかわ、とおる……』

またか。溜め息を吐きながらも、笑ってしまう。青城から烏野に転校したときにメールアドレスを変えて、ついこの間紗綾香を経由して及川くんに新しいアドレスを教えたら、それから毎日最低一通は私の元に及川くんからメールが届く。何か面白いことがあったときは、二通になったりもする。

【やっほ〜、何やってる?】

短い文。いつも届くメールもこんな感じ。女の子や後輩の男の子、先輩とかには普通に返信出来るんだけど、同い年の男の子にこんな文を送られると、どう返信して良いか、私は分からない。 必要で急いでいることならば当たり障りのない返信をするけれど、こういう何気ないメールには、私は返信が出来ない。でも、今度練習試合をするなら挨拶ぐらいしておこうかと、指を滑らせた。

【こんばんは。お風呂入ってました。返信遅れてごめんなさい。って言ってもいつもは返さないんだけど…ごめん。
あと、男子バレー部のマネージャーになりました。練習試合を今度するようなので、そのときはどうぞ宜しくお願いします。】

こんな長い文を及川くんに送るのは、初めてかもしれないと何故かドキドキしながら、送信の文字をそっと押した。ふう、と息を吐いてスマホを置いて、たたみに寝転がる。今日は色々あって濃い一日だったなと目を閉じて、このまま寝てしまおうかとも思ったけれど、髪が濡れているせいで何か気持ち悪くて、少ししたらすぐ起き上がった。

『…勉強、しよ』
「志織ちゃん、お電話よー」
『(電話?)』

下からおばあちゃんの声が聞こえて、首を傾げながらもすぐ立ち上がって一階に降りていった。誰から? と受話器を受け取りながら訊ねると、「及川さん。男の子から電話なんて、初めてだねぇ」とにこにこ笑って、おばあちゃんはテレビの音が聞こえる居間へと戻っていく。事実を言われただけなのに、妙に恥ずかしかった。恐る恐る受話器を耳に、持っていく。

『も、もしもし…?』
《志織ちゃん!? さっきのメール何!! 男バレのマネージャー!? てか志織ちゃんが今いる学校って烏野なの!?》
『お、及川くん落ち着いて。答えるから、ちゃんと答えるから』

ね? 及川くんの勢いに吃驚して、ドキドキしながらそう言って宥めようとすると、彼は落ち着くどころか勢いそのままで、だってさ! と語を重ねる。

《珍しく志織ちゃんから返信があったと思ったら、あんな返事寄越すんだもん!!》
『あはは、だよね…ごめん』

“珍しく”というワードが思いの外胸にぐさりと突き刺さって、胸中の罪悪感が膨れ上がった。及川くんは、さして気にせずに言ったんだろうけど、それがかえって胸を抉ってくる。及川くんは全く悪くない。自分の勝手な罪滅ぼしだとは思ったけど、及川くんのさっきの問いに、正直に答える。烏野に転校したことや、男子バレー部に入部するまでのこと。そんな風に、思い付いたことをぽつりぽつりと。

『というか及川くん、私が転校した学校知らなかったの? 紗綾香とか岩泉くんとかは知ってた筈だけど…』
《えっ、岩ちゃんとかに言ったの!》
『うん、勇太郎くんとか、英くんにも言ったかなあ』
《ええええ、俺だけ知らなかったの!? なにそれ間違いなくイジメだ!!》
『ふふ。あ、でも、バレー部のマネージャーになったのは今日だから、誰にも言ってない。及川くん、適当に言っといてくれない?』

適当!? 及川くんはさっきから、そんな風に驚いてばっかり。笑いが絶えなくて、やっぱり及川くんと話すのは楽しいなあと、久々に思う。彼は人をよく見ているから、その人がどんなことで笑うのか、どんなことで悲しむのか、よく心得ている。軽口をたたきはするけど、嫌なことはしない。イイ人、だと思う。

『紗綾香とか、岩泉くんとか。どうせ火曜には行くんだから、それくらいで良いよ。及川くんに任せる』
《いやぁ、志織ちゃんは基本的に丁寧だけど、ところどころ大雑把だねえ》
『そう? だいたいそんなもんでしょ。あ、ねえ及川くん、そういえば、何で私の家の番号知ってるの?』
《え? 中学の頃の連絡網》
『捨ててよ、個人情報』
《えー、捨てるのが一番危なくない?》
『私のスマホの番号教えるから』
《え!》
『え?』

何か変なことを言っただろうか。さっきまでの会話を思い返してみても、及川くんが驚くようなものが見付からない。

『及川くん、さっきから“え”ばっかりだよ』
《いや、だって…良いの? 番号教えて貰って?》
『え、良いよ。私はメールより電話の方が良い。電話なら私、100%出るよ』
《えぇ…中学のころは番号教えてくれなかったのに?》
『昔は昔、今は今。取ってくるね、待ってて』
《番号覚えてないの?》
『及川くんみたいに、そんなに人に教えないからね』

ちょっぴり皮肉じみたことを呟いて、受話器を反対にして置いた。急な階段を急いで上がって、充電器を外してスマホを手に降りてきた。もしもし及川くん、言うよ? 自分の電話番号を画面に表示させてからそう呼び掛けると、はいはーい、と軽い返事が返ってきた。番号を言い終わると、及川くんの方からも番号教えるよという声が。

《電話掛けて、志織ちゃん出てくれなかったら俺悲しいからねー》
『えっ、や、絶対出るって。大丈夫』
《そーれーでーも。ほら、言うよ?》
『わ、分かった』

及川くんの声が妙に嬉しそうで、それ以上渋ることなんて出来なかった。彼の声を聞きながら指を動かして、電話帳に登録すると、ちらりと右上のデジタル表示の数字が目に入った。もうこんな時間。少し話しすぎたな。

『登録したよ。ごめん、ちょっと話し過ぎたね、疲れてるのに。もう切るから』
《えー、疲れてないし別に良いのに》
『及川くんが良くても私がね。勉強しなきゃ』
《うわぁ、相変わらずだねぇ。そういうことならじゃ、またね、志織ちゃん》
『うん、さようなら』

受話器を耳から離して、元の場所に置く。静かな廊下に小さな音がした。家の電話でこんなに話し込んだの、久し振りかもしれない。やっぱりメールより、電話の方が好きだなと、そう息を深く吐いてから、踵を返してぺたぺたと素足の音をさせながら、二階へと戻って行った。


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