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どうしようかなあ…。

「ちょっと志織さん、どうしたんです? 上の空ですよ?」
『…嫁を呼ぶ姑みたいですね、』
「あら、そう言いながらものってくれるのね、志織さん」

おほほほほ、とわざとらしく口元に手をやるシロコを見て、何だか自分が悩んでいることが馬鹿らしくなった。何でシロコはこんな能天気なのに、私はうじうじ悩んでるんだろう。なんだこれ、バカらしいな。

『ねえシロコ』
「何かしら志織さん」
『…やりたいことあったら、どうする?』
「? そりゃやるに決まってるじゃん今野馬鹿なの?」
『…』

姑ごっこやめたと思ったら今度は罵倒かよ。まあ良いけどもさ、自分でも答え出てんのに悩んでて馬鹿みたいだなって思ったし? おばあちゃんとおじいちゃんにも、やりたいならやれば良いべって言われたし?
そんな間にも、私のお弁当から卵焼きを摘まんで、了承も得ていないのにぽいと口に放り込んで、美味しい美味しいと破顔してもごもご口を動かすシロコを見て、何故だか溜め息がもれた。自分でもよく分からない。

「由奈ちゃーん、何か澤村達が呼んでるよー」
「お、ありがと後藤ちゃん」
「うん、私加藤ね」

慣れた様子で加藤さんは微笑んで、去って行った。流石クラスのお母さんこと加藤さんだ。シロコの間違いもさらりと受け流す。シロコは彼女と入れ違いで、教室の入り口に行って、見慣れないーー…あ。

『(昨日、体育館にいた…)』
「今野、澤村と菅原がお呼びだよ」
『あ、うん…え?』
「いや、だからお呼びだよって」
『う、うん』

恐る恐る腰を持ち上げて、入り口付近にいる二人をちらりと見たら視線が合ったので、軽く頭を下げた。シロコの付き添いで隣のクラスに行ったとき、彼等のことを見たことがあった。でもそれだけで、今まで話したことなど勿論ない。

「今野さん、いきなり呼んじゃってごめんな」
『や、大丈夫だよ』
「ほんとごめんなあ。あ、俺のこと分かる? 澤村大地。こっちは同じバレー部の副主将で、」
「菅原孝支って言います。よろしくな」
『こちらこそ。えっと、今野志織です』

廊下の端で三人揃って頭を下げていると、なんだか笑えてくるなあ、そんなことを思いながら、目の前の二人を見つめた。大らかで、落ち着いた印象の二人だ。何故また繋がりも何もない私に、声なんて掛けてきたんだろう。思いあたることと言ったら、昨日のことかな。

「ははっ、知ってるよ、今野さんのことはさ」
『え?』
「ああ、頭良いよな、今野さん」
『えっ、や、それなら二人だって凄いじゃん…』

そっか、テストの順位表か。上位者は名前貼られるもんね。私はあまりアレを見ないから、二人の名前は知らなかったけど、シロコ伝いで二人の頭の良さは知ってた。一人で妙に納得していると、本題だけど、と澤村くんが口を開いた。目線を上げる。

「清水からマネージャーの誘い受けたみたいだけど、断って貰って大丈夫だからな」
『え、』
「清水も何かしらの考えがあってのことだと思うけど、こんな時期だし、今野さんも勉強で大変だろ?」
『…えっと、清水さんから聴いてなかった?』
「「え?」」

きょとんとする二人を見て、きょとんとしたいのは私の方だと思った。スカートのポケットから清水さんから貰った四つ折りのプリント用紙を取り出して、ちらりと二人を見たら、何だろうかという目で私の手元を見つめていた。カサカサと音をたてながらそれを広げて、二人に見せる。彼等は目を見開いた。

「…え、マジ?」
「マジで?」
『昨日飛雄ちゃんと日向くんの試合見て、凄くわくわくしたんだ。私、これでもバレーしてたから力になりたいし、なれると思うけど…駄目かな…?』
「だっ...駄目じゃない! 」

自分の言葉にだんだん自信がなくなって、目線が下がっていきながらも私が言い切ると、目の前の菅原さんがこちらに一歩踏み出して、すぐさま返答してくれた。菅原さんの思わぬ勢いに驚いて目を瞬かせると、こちらを真っ直ぐに見ていた彼は、しまったという風に恥ずかしげに目を逸らして澤村くんに声を掛ける。

「なっ! 大地!」
「あ、ああ…。でも、勉強の方は大丈夫なのか?」
『それなら澤村くんたちもでしょ、同じ進学クラスなんだから。それにマネージャーより選手の方が両立大変だよ』

だから大丈夫だよと私が付け加えると、二人は顔を見合わせた。そんなとき、ちょうど授業開始五分前の予鈴が鳴る。あ、と三人揃って呟いた。周りの生徒が次々と教室に戻っていく姿を横目に、私はただ二人の様子を窺うしかなかった。これでまた丁重に拒否されたら、私凹む。この状況ツラいなあ、とドキドキしながら手汗でベタついた手を開いたり握ったりしていると、「じゃあ…」と澤村くんが口火を切った。

「そういうことなら…、これからよろしく、今野さん」
『!』
「よろしくな」
『っ…よろしく!』

二人の優しげな声に安心して、勢いよく顔を上げると、「おう」と澤村くんが笑ってくれた。それじゃあ、と四組に戻ろうと背中を向ける二人に向かって、私は声を掛ける。

『あの! 入部届けって誰に渡せば良いのかな?』
「あ、それなら武田先生に渡してくれ、バレー部の顧問だから」
「今野さん一人で行ったら武ちゃん驚くと思うから、清水と一緒に行くと良いよ」
『分かった、ありがと!』

片手を上げて急いで私も自分のクラスへ帰ると、シロコがお疲れと声を掛けてきた。それに適当に返事をして席に着くと、ほぼ同時に先生が入ってきて、号令が掛かった。緩みそうになる口元を隠すのが大変だ。

『(…楽しくなりそう)』


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