100000打企画 | ナノ

▼君しかいらない

どうしてこうなったのかなあとは思うけど、この生活が嫌だなあとは思ったことはない。
私はおかしいのだろうか。でも、確実に真太郎よりは正常な自信がある。はっきり言うと、真太郎はおかしい。絶対おかしい。中学のころはただただ真面目で、その大人っぽさに私は憧れて、焦がれていた。
彼がおかしくなったのは、彼の妹が高校に上がって、家を出て寮に入った頃だったと私は記憶している。真太郎の両親は仕事が忙しく、帰ってくるのも本当に稀。私は彼と付き合って結構長く、家にも頻繁に足を運んだが、私は真太郎の両親を見たことはない。ぶっちゃけ言うと、彼と妹は両親にほったらかしにされて育った。小学生のなかほどまでは祖母が面倒を見てくれていたらしいけど、祖母が他界してからはまたほったらかし。そんな風な育て方をされてもこんな人間が出来上がってしまうのだから、この世界は分からない。真太郎も、分からない。

「なまえ、」
『おはよ、真太郎』
「おはよう」

妹が寮に入ったことで真太郎一人になった緑間家で、私は生活している。幽閉? うーん、それは違うかな、学校にもちゃんと通ってる。でも私はクラスの誰とも喋れない。というか喋りたいとも思わない。人付き合いは嫌いだから。
真太郎の家で過ごしていて親は何も言わないのかと言われれば、それは簡単なこと。私には親は居ない。養父母と呼べる人は孤児院に居たけど、正直その人達との間には少なくとも私は、愛情も何も感じていなかった。同じ孤児院だった二つ上の女の子を私は慕っていたけれど、彼女が高校に上がり孤児院を出て行ったときから、連絡も何もとっていないし、会ってもいない。人間の関係なんて所詮そんなもん。

「行くぞ」
『うん、真太郎』

朝は一緒に行って、誰とも話さず学校で一日過ごして、放課後は真太郎は部活があるからそれを待たないで、一人で速やかに緑間家に帰る。7時8時もすると真太郎がスーパーのビニールを下げて家に帰ってくるから、炊いていたご飯と味噌汁をよそって、スーパーで真太郎が買ってきた惣菜を並べて二人で食事を取る。あ、休みの日とかは、ちゃんとおかずも作ったりするよ。妹と二人で過ごした時間が長いからか、真太郎も料理は出来る方だったから、二人で食事を作ったりもする。まあ私は、学校と緑間家の往復しか許されてないから、スーパーにも行けないけど。

こんな生活に慣れてしまった私だけど、緑間家に無理矢理連れ込まれて、もう借りているアパートには戻れないと悟ったときは、流石に抵抗した。私が暴れたからだろうけど、手錠と足枷をつけられてその冷たさを肌で感じたとき、強い恐怖だって感じた。
でも、冷静になって考えてみると、私が居なくなったところで誰も悲しんだりはしない。人間と関わるのが昔から嫌いだったから、友達と呼べる人すら居ない。アパートの住人とも、挨拶をされたらし返す程度。私には、真太郎しか居なかった。だから、別に良いかなって、思った。

「…眠いか?」
『うん、』
「そうか」

髪を撫でてくれるその手は、優しい。眠りへと誘う気持ちよさ。こんな優しい真太郎を私は愛しているし、今までの生活よりもっと充実している。好きだった本屋巡りはすることが出来なくなったけど、めんどくさいけどやらなきゃいけなかったアルバイトも、する必要がなくなった。欲しいものがあったら真太郎が買ってきてくれるし、ネットがある。
ほら、充実してる。

「お前は、それで良いのかよ」

前に、そんな言葉を知らない男の子に掛けられたことがあった。確かあの日は雨だった。同じ秀徳の学ランを着て、真太郎と同じバスケ部のエナメルバックを肩に下げた、黒髪でつり目な子。真太郎の知り合いかなとは思ったけれど、そんなことはあまり興味がなかった。綺麗な瞳を悲しげにゆらゆら揺らしてこちらを見てきたその子の言っている言葉の意味が、私には分からなかったから。悔しそうな、悲しそうな表情をその子がする意味が、分からなかったから。

こんな幸せな毎日を、拒む必要があるのか私は分からない。
多分、一生、分からないまま。



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