100000打企画 | ナノ

▼どうやら語彙に乏しいようで

『(おー…雨だ)』

あまり目が良くない私にも粒が見える。結構な大粒な雨だ。朝は雲ひとつない晴天だったのに、一体どこから雲がやってきたんだろう。あれ、でも雲ってどうやって出来るんだっけ。確か中学で習ったような…まあ良いや、どうでも。知らなくても生きていけるし、不自由はしない。

『走るか』

生憎、傘なんて便利なものは持ってなくて、気休め程度にタオルでも被っとこうかとも思ったけど、エナメルバッグからタオルを取り出すのもめんどくさい。走ればすぐだと思って、私は正面玄関から飛び出した。

『……って、あ』

ばしゃばしゃと走りながら気付き、私は徐々に足の速度を落として、最後には雨のなか立ち止まった。手を入れたスカートのポケットに、確かに入れた筈の体育館の鍵が、ない。

『しまった……』

多分、第一体育館だ。





『…うえ』

吹奏楽部のホルンやらサックスやらの練習の音を聞きながら、顔をしかめて廊下を歩く。歩く度に、ぐしょぐしょに濡れてしまった靴下が肌に変に張り付いて、気持ち悪かった。ブラウスも同じように肌に張り付いているのが、被っているタオルの隙間から見えて、ああ着替えなきゃなと溜め息を吐いた。どっちみち部活で着替えることになるけれど、水に濡れた服を脱ぐのは、一段とめんどくさい。

「お、みょうじやん」
『、今吉』

タオル越しに聞こえた関西弁に、丁度良いと思った。ちょっと肩をかしてくれないかと頼むと、不思議げにしながらも、「ああ、ええで」と私の身長に合わせるように今吉は、少し屈んで肩を傾けてくれた。私も荷物を肩から降ろして、ついでに頭に被っていたタオルも首に掛けて、今吉の肩に手をついた。

『ありがと、…ほっ、』
「っておいおいおい、靴下脱ぐんかい」
『え…? だって、濡れて気持ち悪い』
「まったく女の子が…ってああ、そういや自分ずぶ濡れやな、どしたん?」
『(女の子とか関係あるのか)』

心の中でツッコミを入れてから一呼吸置いて、第二体育館の鍵を第一体育館に置いてきてしまったことを今吉に言うと、ああそういえば、第一体育館の鍵はこいつが持ってるんだったなと思い出した。鍵を忘れたことや雨に濡れたことは散々だったが、ばったり今吉に会えたのはついていた。

『第一の鍵は今吉が持ってるんだよね?』
「ああ、勿論や」

上履きを履いて、脱いだ靴下をエナメルに押し込み、また肩に掛けた。ほな行こか、と私のことを待っていてくれた今吉が前を歩いて行く。ちゃんとした隣を歩くのは何か気が引けたから、隣は隣でも少し後ろにずれて私も歩を進めた。

「それにしても、第一に鍵置き忘れるとか、管理がちゃんとしてないみたいやねー、女バスの主将さんは」
『そっちの男バスの主将さんだって、ついこの間どっかで無くして大騒ぎしてたクセに。ちゃんと知ってるんだからね、私』
「あれー? そうやったっけー?」
『誤魔化すなよ』





第一体育館とタグの付いた鍵を鍵穴から抜いて、ドアノブを捻って引くと、ギイ、と古めかしい音を響かせて扉は開いた。「ん、」と今吉が私を促して、私、今吉の順に体育館へと入った。

「どこにあるん?」
『ステージんとこ、多分』
「多分て…」

普段は床が傷付くとかで体育館履きを履くんだけど、今は履くのめんどくさいし、私も今吉も持ってるのはバッシュだけだから、私は裸足で彼は靴下だ。低くて床に響くような足音を鳴らしながら、私達は体育館の前方へ向かった。

『あ、やっぱあったあった。どうだ今吉』
「どうだ…って言われても、なあ?」
『でしょうね。じゃあ私行くわ、女バスの皆待たせちゃ悪いし』

そんじゃね、そう今吉に背を向けて前に踏み出そうとした、そのとき。前に出そうとした腕が後ろから動かなくて、前に進めなかった。おかしいなと思った直後にぐいっと腕をそのまま後ろに引かれて、倒れるんじゃないかと恐怖感で、思わず大きな声が出て体育館に響いた。

「くく、えらい大きな声やなあ」
『っ…ちょ、今吉、なに!』
「いや? ちょっとみょうじに、忠告しとこうと思てな」
『はあ!?』

どうにかして離れようと思って、腕に力を入れて手を離そうとするも、全然離すことが出来なくて気付いたら、両手首を今吉の片手で後ろに纏められていた。全然敵わないなんて、思ってもみなかった。

「なあ、みょうじ」
『な、に…っ!』
「自分なあ、」

今吉の姿が見えない分、低いあの声に耳を澄ませるしか、私には術がなかった。だから、だんだん彼の声が鮮明に大きく聞こえて、息遣いまでもが聞こえてくるから、今吉が私の耳元に近付いてきていることが確かに分かった。今吉が、耳元で微かに笑う。

「下着、透けとんの分かっとるか?」
『っ……!!』
「緑のやつとか、目立つやろ。まあ、黒とかじゃないだけマシか?」
『いっ、まよし…!』
「男に見られたら色々めんどうやで、」

俺の言っとる意味、分かっとるよな、つっ…と、そう今吉の硬く冷たい指先が、ブラウス越しに透けた下着の縁をなぞって、びくりとした。身体が羞恥やらなんやらで火照りを帯びてきて、自分の身体が自分のものではないみたいになってくるのが、こわくて、堪えられなくて、逃げたくて。目を、強く瞑った。なあみょうじ、聞いとるか? 酷く甘い音が至近距離で耳に流れ込んできて、もう、無理だった。

『っ…、今吉最低!!』
「はは、そんな真っ赤な顔で言われても、なあ?」
『死ねば良い!!』

火事場の馬鹿力みたいなものなのか、それとも今吉がもう飽きて力を弱めただけなのか、頭に血がのぼった今はもうそんなことどうでも良いし、そもそも正常に頭がはたらかない。そんな頭でも、どうにか今吉から逃げて、全速力で体育館から出た。

「……おもろいなあ、」



どうやら語彙に乏しいようで

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