▼青春の一歩手前
これまでの十数年の人生、私は男の子となるべく関わらずに生きてきた。
小中は勿論女子校。高校も近場のちょっと頭が良い女子高を受ける筈だった。
だったんだ。
「ね、なまえ、高校は共学にしてみない?」
『えっ、っいいよ! 女子高が良い!』
「そうだ! あそこ、秀徳なんてどう? あそこは良い学校よ。ママの母校だし!」
『っや、だからっ…』
「共学は良いわよ〜!」
『だからっ…』
そんなこんなで、私は共学の秀徳高校に受験することになり、運悪くも合格してしまったのだ。
運悪くって言うと、秀徳を受験した人達に失礼だけど…。
∴
『ふう……』
図書室は落ち着く。人は少ないし、静かだし。元々本は好きだから、図書室の蔵書の多さを見たとき、ちょっとだけ秀徳を好きになった。
『(友達は問題ないけど…やっぱり男の子が…)』
今まで共学なんて通ったことがなかったから分からないけど、イメージで、秀徳は頭が良いから物静かな人ばかりじゃないのかな…と思ってた。
男の子は勿論苦手。でもそのなかでも賑やかな男の子が特に苦手で、物静かな人ばかりじゃないかという希望を少なからずもっていた。
でも、その考えは見事に覆された。
『(クラスの男の子、皆賑やかなんだよな…)』
はぁ、と息を吐いた。教室で集まって話す男の子達を見るだけでも怖いのだから、私はどれだけ男の子慣れしていないのだろうか。
別にお父さんは大丈夫なんだけどな…。
そんなことを本を捲りながら考えていると、ガラガラと扉が開く音がした。見てみると、後ろ手に扉を閉めながらこちらに手を上げる男の子が一人。
「よ、なまえちゃん」
『高尾さん』
彼はこちらに来ると、私の隣に腰掛ける。他の男の子がこんなことしたら怖くてびくつく私だけど、彼なら平気。
でも最初は、やっぱり苦手だったな。
クラスのムードメーカーで、周りにいつも人が居て、一番苦手な人だったかもしれない。
でも見かけによらず、…こう言うと悪いけど、彼も本が好きだったようで、図書室でよく会う内に仲良くなった。彼は誰かと居ると賑やかだけど、一人のときは静かだ。
「ここに居るってことは、まだ無理なの?」
『…うん。どうしても、無理なんだ』
「そっか。でも俺は平気なんだよな?」
場所が場所だからか、声をひそめる高尾さんに頷いてみせる。そのときの彼がどことなく嬉しそうに見えたのは、気のせいだろう。
『あと、緑間さんも平気かな』
「…そっかー(そりゃそうだ、俺だけなわけないよなー)」
『(あれ)』
なんか高尾さんが項垂れてる。何でだろう…。
そんな様子を見て、彼に声を掛けようとしたとき。その高尾さんの向こう側に誰かが立っていることに気付いた。
『緑間さん』
「お、真ちゃん。職員室おつかれー」
『職員室?』
「プリントを提出しに行っていたのだよ」
緑間さんは言いながら真正面に座る。
彼はクラス内では一番静かで、最初から比較的好印象をもっていた。
でも入学式からいくらもしない内に、高尾さんと仲良くなり始めたから、やっぱり苦手だった。ずば抜けて高い身長もそれを手伝ったのかもしれない。
「…ってかさー、なまえちゃん」
『ん、なに?』
「さん付けやめね?」
『え…』
思わず、ページを捲る手を止めた。
緑間さんも驚いたようで、私と同じように高尾さんを見る。
「いやさ、なんか違和感あってしょーがないのよ。俺、さん付けされる機会あんまねぇし」
「…それも、そうだな…」
『え!?』
まさか緑間さんまで賛同するとは思わなかったから、思いの外大きな声を出してしまった。しまった…! と手で口を覆うと、「しーっ」と、人差し指を唇に当てる高尾さん。え、絵になる…。
「やっぱ真ちゃんもそう思うよな〜」
「そ、その含みのある言い方は何なのだよ、高尾」
「べっつにぃー」
ニヤニヤと笑う高尾さんに、眉間に皺を寄せる緑間さん。一体なんのことを話しているのか、私には分からない。
「流石にいきなり呼び捨てとかは言わねぇよ?」
『呼び…っ!?』
「へへ、いつかは呼び捨てで呼んで欲しいけどな」
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