summer time record | ナノ


一度ヒビの入った皿は、どうやっても元に戻ることはない。一度そうなってしまえば、壊れてしまうまではとても速い。

――…そんな風に、痛いくらいに現実は、足早に駆け抜けたのだ。







「そうそう、なまえっちマネージャー辞めたんだって」
「あ〜、最近見ないなーって思ってたんだよね〜。辞めちゃったんだ」
「このタイミングで、か?」
「理由は俺も知らないっスよ。桃っちが言ってただけなんで――…って、今日も青峰っち帰っちゃうんスかー?」
「ああ。…じゃあな」

――私はみんなから、…バスケ部から逃げた。忘れもしない、中三最後の全中前に。

「……辞めちゃうの?」
『…うん、ごめんね、さつき』

喧騒に包まれる、ある日の廊下の一角。開け放たれた窓からサワリと葉桜を揺らし、生ぬるく薙いできた風が、制服から覗く肌を撫でた。
さつきの明るい桃色の髪が、風に揺れる。

「…そっか」

ふわ、と舞う髪を押さえて、さつきは目を伏せて悲しげに笑った。
私が彼女をそうさせているのにも関わらず、不謹慎だけれど、その姿が今にも消えてしまいそうで儚くて、綺麗だなんて思った。こんな可愛い子にこんな表情させるのは、流石にこんな私でも心が痛む。

『……ごめんね』

でも、もう、あんなみんなは見たくないんだ。







『……ひま』

ごろんとフローリングの床に寝転んで、意味もなく天井を見つめる。窓から陽射しが射し込んでくるから、あったかい。寝そう。

『(、ねむ…)』

瞬きの回数を増やして、必死に眠気に抗う。こんなところで寝たら、買い物からお母さんが帰ってきたら怒られてしまう。


――…何十分か前、私がソファーでぼうっとしていたら、お母さんにバスケ部は良いのかという問いをされた。いつも土曜日のこの時間帯は、バスケ部の練習で家をあけているからだろう。
少し間をあけてから辞めたと簡素な返事をすれば、大いに狼狽された。

『(そういや、今日は郊外の学校と練習試合があったような…)』

相手の高校は、確か全中常連校だったはず。とそこまで考えて、はっと我に返る。もう、私はバスケ部に何も関係がないのだ。

部屋にあるバスケ部関連のノートも、練習日が印字されたプリントも、全て捨ててしまって良いのに、どうしても、捨てられない。
本来ならば三年のこの時期は、受験勉強に努めなければいけないのだが、こうすぐに切り替えることが、私には出来ない。

それに、最近とてもつまらないのだ。やることがないとも言うべきか。
高校進学に向けて、今までバスケ部の方が忙しかったけど少しずつ何かしらやってきた。それでも、やらなくてはいけないことは山ほどあるのだが。
…でも、バスケ部を引退するのはもう少し先なものだと思っていたから、やらなければならないことがあるのは分かるけど、やる気がまったくしないのだ。

『(…ま、引退したんじゃなくて自分から辞めたんだけど…)』

床に手をついて起き上がりながら、きちんと振り切ったつもりだったのにな、と自嘲気味に笑った。
あんな最低なことをするキセキのみんなに、バスケ部に、こんな未練たらたらで、恥ずかしい。自分から辞めたクセに…ほんと、格好がつかない。

『(カッコ悪くて、ほんと…笑っちゃうなあ)』

キセキから逃げる道を、私は自ら望んで選んだけれど、選んだ今日はあの頃と比べものにならない程平凡で、今にも崩れそうになる日々。

私がこんなことを考えている間にも、昨日の今日も彼等は、対戦相手が変わっても同じような試合を、只つまらなそうにやるのだろう。
周りの大人だって役にたたない。その圧倒的な強さを目の前にして、大の大人が臆病になってしまっているんだから、もう終わりだ。


「一度ヒビの入った皿は、どうやっても元に戻ることはない」

――あの赤司の言葉は、間違ってなどいなかった。

250418

- ナノ -