summer time record | ナノ


才能の前では努力なんて理不尽なもの。そんな実力主義の無情な世界で、一際目を引く人物が居た。
いや、実際は一際なんて程遠くて、ありえないほど影が薄いんだけど、それが逆に目立った、みたいな感じの人。

一生懸命努力して、自分の実力に迷って、憂鬱になっていた姿が目を引いた。入部当初は何度となく体育館で吐いていたのに、いつの間にか吐かなくなっていて、妙に感心したのを覚えている。
そしていつしか私の目には、背が高い選手のなかで、小柄な彼が一際目立って映るようになった。周りは私とは反対に、更に影が薄くなったと言っていたが。

…どこで知り合ったのか、黒子くんは青峰くんと一緒に練習することが増えていた。太陽のような青峰くんと黒子くんを見て、なんか良いなあ、と口角がよく緩んだものだ。







突然だった。
ある日、三軍が使用している体育館に珍しく、一軍のスタメンであり主将でもあり、バスケ部の部長でもある赤司くんがやって来た。主将直々に何かなあなんて、他人事のように思っていたのだけど、彼のお目当てはどうやら、まさかまさかの私であったようだ。

「みょうじ、きみは明日から一軍のマネージャーだ」
『、は?』
「明日からは第一体育館に来るんだよ」
『えっ、は…!?』

言いたいことだけ言って、極めつけにそうにこりと笑った赤司くんは、それだけ言うとさっさと帰ってしまった。

『(あんのクソが説明の一つぐらいしてから帰れよ…! てか最初っから来んな…!)』

彼の一方的過ぎる言動にそう悪態をつきながら、わなわなと肩を震わせたのも今となれば良い思い出だ。確かに言えることは、私の赤司くんに対する第一印象は最悪だった。






あの頃の私は、どこか、孤独だった。
いや、別にいじめとか家庭内暴力とかは一切なかったんだが。今思えば、むしろ充実していた生活だったと思う。…だが、私は確かにあの頃、言い表せぬよく分からない孤独感を味わっていた。
おそらく、「楽しい」という感覚がよく分からなかったんだと思う。一軍のマネージャーになって、暫く経った頃。部活中に休憩中の黄瀬くんと談笑をしていたときだ。話がぱたりと途切れ、揃って体育館の真ん中に視線を向けていると、横の彼が不意に口火を切った。

「…孤独だったら、こっちに来れば良いんスよ」
『え?』

彼はバスケを始める前、具体的には青峰くんに出会う前だが、いつもつまらなそうにしていたらしい。一目見れば完璧に出来てしまうが故の、孤独感を味わっていたんだと思う。
これは私の単なる憶測に過ぎないが、彼は模倣という特殊能力を持っている。それは彼のとても長けた観察眼によりなせる技で、そんな彼は日頃から周りをよく見ている。だから、かつての自分のような私に気付いたんだと思う。
驚きと安堵が混濁した顔で黄瀬くんを見れば、彼はとても綺麗な瞳をしていた。

251106

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