summer time record | ナノ


暑い暑い夏の部活の休憩中、体育館そばの水道でみんなで水遊びをした。水遊びっていうと、少し大袈裟かもしれないけど。馬鹿みたいにびしょびしょになって、楽しかったなあ…。

「くらえ黄瀬!!」
「うわ、ちょ! ぶっ!!」
『わ、モデルにも容赦ないねー流石青峰』
「青峰くんほどほどにね、きーちゃんも」
「……っもー、青峰っちってば手加減ってものを知らないんスからー…」
「イケメン死ね」
『はぜろ』
「いきなり何で!?」

目を伏せ気だるげに息を吐きながら、前髪をかき上げるその姿が、妙に様になっていたもんだからなんか虫酸が走った。から、青峰と揃って黄瀬を睨んでやった。水もしたたる良い男とかもう爆発してしまえ。

「うわー、水浸しじゃん。峰ちんと黄瀬ちんもびっちょびちょだしー」
「一体何をやっているのだよ。…この暑さでとうとう頭がイカれたか」
「しっかり聞こえてんだよ緑間」
「ふん」
「(態度デケェなコイツ…ウゼェ…) これでもくらいやがれ…!」
「「あ」」
「……、」

緑間は涼しい顔をして冷静に青峰の攻撃を避けて、ホースの矛先は体育館の入り口の方にーー…。

バシャッ

燃えるような赤い髪からポタポタと雫が落ちる様を見て、流石の青峰も固まる。丁度体育館の入り口から、赤司が出てきたのだ。彼が着ているTシャツも色が濃くなっていて、青峰が持つホースからの水をもろに被ったのは明確だ。
それとどうでも良いが、黄瀬とはタイプが違うが赤司も美形なので、ずぶ濡れ姿は非常に目に宜しくない。だが目の保養だ。眼福眼福。

「…青峰、ちょっといいか」
『(死亡フラグ…)』
「(お約束ですね…)」
「まっ、ちょ…っ、赤司!?」

静かな笑みを浮かべた赤司に、がしりと捕まれて青峰が何処かへと連れて行かれたのも、今からすれば良い思い出である。







『(あのとき青峰、結局どうなったっけな…)』

…思い出せないけど、きっと赤司に酷い目にあわされたんだろうな。まあ、酷い目って言ったって、元はといえば青峰が全部悪いんだけど。
ふと思い出した思い出にふう、と呆れ半分に息を吐いて、しまったとすぐに懐かしくて緩めた頬を強張らせた。これから洛山との決勝戦があるのだ。

黄瀬も緑間も、青峰も、WCの今までの試合の中で、昔のような面影をちらりと見せていた。あの、「むいているからバスケやってるだけ」と言っていた紫原だって、最後の最後にゾーンの扉をこじ開けて、こちらをヒヤリとさせた。
ゾーンに入ったということは、…まあ、要はそういうことなんだろう。みんな、やっぱりバスケが好きなんだ。

「(…でも…)」

でも、これから試合をする洛山高校。一年にして洛山を率いる主将赤司は、…バスケのことをどう思っているのかが、分からない。
開会式の際会ったときの、あの冷たい双眸が、頭から消えてくれない。思わず顔を曇らせる。

「(赤司は、あんな目をする奴だったっけ、)」

眉をひそめた。私が知っている赤司は、穏やかで、余裕そうで、良い意味で何を考えているのか分からない奴だった。それが、何故…。私がバスケ部を辞めた後、何故赤司はーー…。

「おい!!」
『っ、うるさ…って火神…。どしたの』
「どしたのって…何回呼んでもお前が返事しないからよ…」

呆れ顔をした火神に、そう溜め息を吐かれる。あのバカ火神と言われるコイツにこんなことされると、何かカチンとくる。でも、私に完全に非があるから何も言えない。言わない。

「…大丈夫か」
『何がよ』
「…赤司のことだよ」

「お前、アイツと何かあんだろ」呆れたようにも見える眼差しで射ぬかれるけど、自分でもそれは答えられない。分からない。
何かあったと言われればそうだけど、ないと言われれば特にないし。…まあ、あったのかな。野生の勘なのか、火神は変なところで勘が良い。

「ふーん」

なんだその反応。分かったのか分かっていないのかよく分からない火神の返事を聞いた後、彼と大分話し込んでいて気付かなかったのか、先輩達が前の方で立ち止まってこちらを見ていた。

「お前等はやくしろー」
「ッス!」

素直に返事をして、小走りで先輩の元へ向かう火神の背中を見つめて、数秒間。ひらりと翻ったジャージから見えた数字は、10。

『(…うん、大丈夫)』

大丈夫だ。何も心配はいらない。







何回も思い出した、あの心地いい日々。ぬるま湯に浸って、ふわふわ浮かぶようなあの感じ。そんな懐かしい日々を思い出すだけで、それだけで終わったって、あの毎日は変わらない。
これからも、変わらない。また何処かで過ごせる。

『がんばってね、黒子』
「…」
『え、ちょ…何か反応ちょうだいよ』

すぐに何か返してくれると声を掛けたけど、変わらない澄んだ水色の双眸に、ただじっと見つめられて思わず目を逸らした。
そういえば、人を見つめると逸らすか見つめ返すかのどちらかとかいう話を、前に黒子から聞いたような…。

「変わりませんね」
『…そうだね』
「…これからも変わりませんから、大丈夫ですよ」
『!』

「頑張ります」目を見開いて黒子を見れば、既に私に背を向けて先輩達のところに居た。
…黒子は人をずっと見ているから、私が過去を引きずっていることに気付いていたんだろうか。それか、私がただ分かりやすかったのか…。



「涼しいね」

そんなことをさつきと言い合って見上げた夏空は、どこまでも澄んでいて透明だった。今でもそれを思い出すと泣きそうになるけれど、泣かないように息を吸い込んで。

さようなら、しよう。

『(あれ…)』

さっき一瞬、コートを挟んで反対側に居る赤司が、こちらを見て笑った気がしたんだけど…。

『(気のせい、かな)』

バスケットコートに集まって、笑い合った夏の日に。また何処かで思い出して、出逢えるかな、って。

『(試合直前にこんなこと考えるなんて、もってのほかだけど、)』

…何度でも、思おう。

260621[FIN]

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