挑発的 | ナノ


◎俺は本気だぜ?


「なまえー」
『あ、高尾。ん、定規だよね?』
「そーそー、あんがと。てかよく分かったな、俺が定規貸して欲しいって」
『あー…、高尾の嫁、だから?』
「っ……、なまえ…!!」

高尾がそこまで言うと、妙にしんと静まりかえっていた教室からドッと一気に笑いが起きた。

「今日も今日とてお熱いなー!」
「流石公認の夫婦!」
「取り敢えずリア充爆発しろー」

冗談半分の笑いを孕んだコメントが、次から次へと至るところから発せられる。そんなとき。備え付けのスピーカーからチャイムが鳴って、生徒達が各々の席に着いていく。私の席はあの特徴的な語尾で話す、男バス主将の眼鏡くんのお隣だ。

『まーたクスリともしなかったね、ざーんねん』
「…あんな下らないことで笑える方が、理解出来ないのだよ」
「下らないって、真ちゃんひっど! 毎回毎回その下らないことに、俺等は真面目に頭を悩ませてるんだぜ〜? なっ、なまえ!」
『そうなのだよ、…ってイタッ!』

緑間のようにそう眼鏡を押し上げる真似をすると、眉間に皺を寄せ不快極まりないという感じの本人にチョップされた。一年の頃から女子には比較的優しい緑間だけど、何故だか私にはあまり優しくないのだ。私も女子なんだけどなあ。酷いなあ。地味に頭痛いなあ。





『……』

こんな光景を前にして、今朝の呑気な出来事を思い出すことの出来る私って、自分で言うけど凄くないだろうか。もしかして、走馬灯か何かみたいなヤツだろうか。私死ぬの?目の前のコイツに殺されるの? …いやいやそれはない。だって高尾は頭良いし、殺人なんてことをしてこれからの長い人生を暗くするようなこと、自らする訳がない。ていうか高尾なら、殺人するなら自らの手を汚さず実行すると私は思う。我ながら酷いな。てか殺人もあり得ないな。私はコイツに少なからず好かれているという自負がある。

「なあ、聴いてる?なまえ」
『え!…あー…うん、聴いてるよ。何だって?』

我に返ってそう聞き返すと、目の前、それも至近距離で、聴いてねぇんじゃん、とクスクス笑う高尾。そんな彼の私との距離や、纏う雰囲気の異様さに何故だか恐くなって、冷や汗が肌を静かに伝う。逃げようとも考えたが、高尾が壁に両手を付いているから逃げられない。ようするに、壁と高尾がサンドイッチのパンで、私は具なのだ。あ、そうだ私コレ知ってるぞ、壁ドンだ壁ドン。じゃなくて、一体どうしてこうなった。…そうだアレだ、今日高尾と日直だったんだ。放課後ちょっとだけ残って、そんで仕事終わったから帰ろうとして、席立ったとき、いきなり壁ドーンってされたんだ。

『えーと…、高尾サン? 離れてくれます?』
「ヤダ」

にっこり。何だその心臓に悪そうな笑顔は。悪態をつきつつもドキドキと鼓動うつ心臓の音を聞きながら、「ヤ、ヤダじゃないし。早く退いて」と努めて平静を装ってそっぽを向き、高尾の肩を押し返す。けれど、軽く押しただけでは全くびくともしなくて。何だか悔しくて、眉間に皺を寄せた。今度はもっと強く押してみよう、そう力を込めると、いとも簡単に手首を彼に取られてしまった。思ったより強い力で手を掴まれて、触れたところから彼の体温が伝わってきて、恥ずかしさからカアッと途端に身体が熱くなる。

『っ…高尾、いい加減にしないと…!』
「なまえ、」

眉を吊り上げ高尾を見上げると、する、と髪の隙間に長い指を通された。大切なものを愛でるようなその手付きに、ビクリとした。「好きだ」いとおしむような視線を私に向けた高尾は、確かに形の良いその唇からそんな言葉を発した。それが先程からの彼の行動が、どんな意図があってのことかを私に決定付けるもので。何で、どうして。そんな言葉のみが頭の中を駆け巡る。恥ずかしさなど当に吹き飛んでいた。明らかに動揺する私に、高尾はちょっとした悪戯を企むように、目を細めて微笑んだ。

「俺は本気だぜ?」

250906



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テーマ「人外ファンタジー」
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