「たまにはナマエからして欲しいな」
『は、』
貳號艇のデッキに立って平門と景色を眺めていると、いきなりそんなことを言い出した。いきなり何を言うんだ、この帽子眼鏡野郎。
「何をかしら」
風に舞う髪を押さえて、嫌悪感丸出しでそう言ってやると、クスリと笑われた。
「分かるだろう?」
いつのまにか手袋を外していた手で、するりと頬を撫でられそのまま顎を持ち上げられる。親指が私の唇をなぞって、平門の口角がさらに上がる。それと同時進行で腰に腕を回して自分に引き寄せるのだから、大分手慣れていることが窺える。腹立つわね。
『断るわ。ただちに両手を私から離しなさい、平門』
「はぁ…、つれないな、ナマエは」
にっこりと笑顔でそう言うと、平門は溜め息を吐いて名残惜しそうに手を離した。風に遊ばれる髪を耳に掛けつつ、平門に気付かれないよう口を弧に描く。貴方のお望み通りにしてあげるわ、平門。でも、余裕そうな貴方を見るのは腹が立つ。私はね、貴方の虚を突かれた顔が見たいの。優越感に浸りたいのよ。
平門の驚いた顔を想像して緩みそうになる顔を必死に平静を装って、彼の様子を横目で窺う。名前を呼ぶと薄い笑みを貼り付けてこちらを見る平門のネクタイを引っ張る。少しだけ爪先立ちになって背伸びする私は、彼のお望み通りにキスをしてやった。一体どんな顔をしているのだろうかと期待して瞼を開くと、平門の奴は想定通りだと言わんばかりに微笑んでいた。
それを見て、目を見開き直感的に離れた方が良いと考えた私。が、平門が私の腰に腕を回す方が早かった。彼のもう片方の手が後頭部に添えられて、平門が顔を傾ける。深く深く余すところなく好き勝手に口内を蹂躙されて、漸く解放された。立っていられなくなって平門に凭れ掛かる。息が乱れている私と違って平門は余裕そうだ。
『質が、悪いわね、平門…!!』
「俺の意表を突くつもりなら、これぐらいしないとな、ナマエ」
『…燭先生の気持ちがよく分かるわ』
せめてもの反抗と思って、平門の手に爪をたててやった。それでも顔色一つ変えないのだから、腹が立つ。
250805