雑食 | ナノ

「隣、ええかな?」
『…………え』

綺麗な男子の声が聞こえたけど、それが私に向けられたものだとは思わなくて、数秒の間の後顔を上げた。見れば、同じテニス部の部長さんがこちらを見下ろしているではないか。今日も麗しい白石くんは、馬鹿みたいに口をぽかんと開ける私を困ったように、その整った眉を下げて見つめ返してきた。

「駄目?」
『いっ! …っいえ、どうぞ』
「ありがとう」

微笑んで隣の机の上に荷物を置く白石くんに、「いいえー」と下っ手くそな笑顔を返した。そうだ、ここは図書館だ。それを咄嗟に思い出せた私を私は褒めてやりたい。ここで馬鹿デカい声を出していたら、今頃私はどうなっていたことか。周りからの非難の視線に突き刺され、ここを出ざるに得ない状況になっていただろう。受験生として、それは非常に困る。想像しただけでああ怖い。
一人で嫌な想像をしてぶるりと震えていると、そんなことを考えている内に隣に白石くんが座る気配がした。ドキリと、妙に緊張し始める。

『(…っていうか、白石くん私のこと知らないよね、)』

只今勉強してますよオーラを放ちながらちらりと隣を盗み見ると、真剣そうな凛々しい横顔が見えた。思わず、さっきの笑顔とのギャップにくらりとくる。ああ、やっぱりカッコいい。

同じ四天宝寺生とはいえど、白石くんは2組で私は端の8組。大分離れているし3年の教室は一階と二階で別れるから廊下ですれ違うということもあまりない。あえて言うなら、一年のとき忍足くんの隣の席だったときは天国だった。忍足くんに会う為にたまにウチのクラスにやって来る白石くんを、間近で見ることが出来たから。小学校も違うし、8クラスもあるから同じクラスにもなったことがない。

『(同じテニス部と言えども、女子と男子じゃコート離れてるしなあ…)』

というかその前に、部活もこの前引退しちゃったから同じテニス部だったとかももう関係ないんだけどね。てかそもそも、話したことないし。あーあ、悲しいねえ…と溜め息を一つ落としてから暫く一時停止。

机上の参考書にゆっくりと目を落として、我に返った。

『(いけないいけない! 私は受験生私は受験生…!)』

ガッとシャーペンを持ち直して、目の前のにっくき関数を今一度真正面から見つめ直した。あの、何だか知らんが図形が融合してて、三角形の比だの三平方の定理だの使うやつだ。自分で言ってるけど正直意味分からん。どこでどうそれを使えと? 教えて下さい。プリーズティーチミー。

『(関数なんて意味分かんないけど、これはもう、高校行ってカッコいい先輩でも見つけるっきゃないよね…!!)』

グッパイ私の憧れ白石くん。私はめっちゃ勉強して高校行ってからエンジョイするよ。本音言うと少し悲しいけどね…。まあどうせ高校分かれるし…。
自分でそう自己完結してからまた一つ溜め息を吐いて、イマイチ気が進まないけどやらないわけにはいかないので問題を解いていった。あー、やりたくねぇ。






『……へうわっ!?』
「はは、変な声、ええ反応やなあ」
『え、あっ、どうも』

……え? いやいや、意味分からないよ?

ほっぺたに手を当てて何回もまばたきを繰り返す私は、さぞまぬけな顔をしているのだろう。目の前の麗しい白石くんはそんな私の返答を見て、腕を組みながら目を細めてまた笑う。彼は間違いなく私の憧れ、白石蔵ノ介その人だ。その笑みは実に爽やかで、やはりかっこいい。

「図書館でそんな声出してええんかー?」
『あっ……』
「はは、だいじょーぶや。大体人帰ってしもたから」

そんな言葉を受けて周りを見回してみると、本当に誰も居なくてがらんと閑散とした光景だった。窓から見える夕日が眩しい。続いて白石くんへと目を向けると、騙されよった、という感じに微笑んでいる彼。未だ状況が上手く呑み込めていない私である。ははっと小さく声を上げて口元に手を添え笑う彼の姿に、思わずきゅんとしてしまうのはもう、しょうがない。

ふと見た私が突っ伏してさっきまで寝ていた机の上に、何か見知らないものがあることに気が付いた。散らばる文房具の向こうに、それはある。私の視線がそれに注がれていることに気付いた白石くんは、「ああそれか?」と声を上げる。

「頑張ってたみたいやから、プレゼント。さっきほっぺたに温かいの当たったやろ? それやそれ」
『えっ』
「え? もしかして、ミルクティー苦手やった?」
『やっ、そういう訳じゃ、ないんだけど…』
「じゃあ、遠慮なく貰っといてや」
『……ありがとう』
「おん」

プレゼントとかなに!? お前カッコよすぎるんだよ…!! どうにか平静を装いながらも、そんな風に心の中で悶えている私が居た。丁度喉が渇いていたので早速蓋を開けて頂こうと思っていると、白石くんが肩に荷物を掛けている姿が見えた。

『(帰るのかな……)』

少し、寂しいなと意味の分からない感情を感じていると、既に歩み出していた白石くんが何かに気付いたように声を上げて、振り返る。ばちりと、視線が合った。

「頑張ってる人にこれ言うのもアレやけど、…お互いがんばろな」

そう肩越しに微笑む白石くんを目にして、驚いた。まさか白石くんからそんなことを言われるとは思っていなかった。

『っ……し、白石くんの方が頑張ってる!』

勉強でもテニスでも、彼が頑張っているのを私は知っている。あれだけテニスをやって、かつ勉強面でも上位をキープするのは、どれだけ大変なことだろうか。白石くんの完璧なところに憧れると言う人はたくさんいるけど、私は努力家なところに憧れる。私はあんなに頑張ることは出来ない。

「……」
『……』
「……」
『(…やっちまった……)』

【頑張ってる人】そう自分が呼ばれて、思わずそんな言葉が口を突いて出てしまった予想していなかった返答を私が返したからか、驚きを隠さずに目をまん丸くする白石くん。その姿にしまったと手で口を押さえて、だって本当のことだし! 私は不純な動機で勉強してるだけだし! なんて動揺のあまり頭が混乱する。

「…ははっ、おおきに、みょうじさん」
『っ……』

くすぐったそうに柔和に笑う白石くんは、夕日の柔らかな光に照らされて、それはもう美しかった。その甘い声で自分の名前を呼ばれよう日が来るとは、夢にも思っていなかった。いやもう…死んでも本望だわ…今まで生きてて良かった……。

「じゃあな、みょうじさん」
『あっ、うん!』

流石白石くん、去り際もお美しい……なんて変に感動していると、図書館員の人に「閉館時間ですよ」なんて言われて、思いっきりビクッとしてしまった。死にたい…。






『って、あれ…』

白石くんに貰ったミルクティーを飲みながら閉館時間を迎えた図書館を出ると、ふとあることに気付いた。

『(何で白石くん、私の名前知ってんだ……?)』

250308
続く……?

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