雑食 | ナノ

『あの、菅原、部活行って貰って私は構わないんだよ?』
「そうはいかないべ。二人でやった方が早いし、な?」

そう、言われましても…。そうは思ったけど、それ以上菅原の申し出を邪険に扱う理由もないから、そうだね、有り難うと言って私は黒板消しを持って、また踵を持ち上げて背伸びをする。そもそも、二人で協力してやるように日直は二人なんだもんね。いや、私の勝手な意見だけども。

「ああだから! みょうじさん!」
『えっ 、な、何?』

前から三列目にある菅原の席から、彼がこちらにやってくる足音がして、黒板の縁を掴んで踵を降ろして、振り向いた。

「黒板消すの俺やるって!」
『えっ』
「俺の方が高いだろ、背」
『あ…そ、だね。お願い』

持っていた黒板消しを掴まれて、そう菅原に言われて、どきりとした。不審がられないように、かつ急いで黒板消しの紐から手を引き抜いて菅原とバトンタッチ。

「おう。じゃあ日誌お願い出来る?」
『う、うん』

ぎこちなく頷いても、菅原はそんなの気にしてないらしくて、ほっとした。「あ、俺の席使っちゃって良いからな」…うん? …ああ、やっぱほっとしてない。そんなこと言われたら焦る。心中では焦りまくりなのに、私の口はもう“うん”しか言えないのかいつの間にか了承の言葉を発していて、さらに焦った。そんで菅原の席に座っちゃって良いのか分かんなくて、これまた焦った。これこそエンドレス。結局座ったけれども。でも、筆箱しまっちゃってたから助かった。出すのめんどくさい。

「……ん、明日何日だっけ? みょうじさん分かる?」
『あ…23だよ』
「おー、流石。ありがと」
『や、ダイジョーブ』

日にちを聞かれて顔を上げたついでに、ふと黒板の方を向いたままの菅原の手の方に視線を滑らして、おぉと思った。やっぱり菅原は字が上手い。や、字じゃなくて今書いてるのは数字だけれども。それと、あの…、やっぱりアホ毛カワイイです。

「よし、黒板終了。窓閉めとかみょうじさんさっきやってくれてたよな?」
『あ、うん。後は、日誌…だけ』
「そっか」

私の方を見て口元を緩めた菅原から逃げるように、日誌の紙面に視線を落とす。そのままサラサラとシャーペンを走らせていると、芯が無くなったみたいで、カチカチと親指で後ろを押しても出てこない。

「わ、シャー芯なくなった?」
『う、うん、そうみたい』
「ちょっと待ってなー」

目敏く気付いてくれた菅原が、上履きのゴムの音を鳴らして、そう言ってこちらにやってくる。私は焦った。彼は私が座っている席、すなわち自分の席にやってきて、席の横に立って、机上に置いてある筆箱を掴んだ。私のすぐ目の前を腕捲りをした菅原の腕が通った。これにも焦る私。

「あ、あったあった。はい、みょうじさん」
『あり、がと』

震えそうになる手を伸ばして、菅原から0.5mmのHBシャー芯の入れ物を受け取った。聖母のような仄かな笑みが眩しかった。


私は日頃からクラスの男子と積極的に話す方で、簡単に言うと、女の子扱いされていない。女の子らしいふわふわした子にちょっぴり憧れたりしないでもないけど、男子と下らないことで笑い会うのも、それはそれで私は楽しいから、良いかなって思ってた。
でも、クラスのなかで菅原だけは、私のことを女の子扱いしてくれた。突然の雨のとき、傘を忘れてそのまま外に出でしまおうとしたとき、呼び止められて、傘無いの? って聞かれて、俺は大丈夫だから使ってって、言われて。

で、でも、菅原が濡れちゃうでしょ?
いーって、いーって。俺これから部活で着替えるし。第一、女の子が傘もささずに外出てくとこ見て、見過ごせるわけないだろ?


さも当たり前だという風に菅原は言い放って、じゃあなと雨のなか走っていってしまった。そんなこと言われ慣れてない私だったから、恥ずかしくて、でも少し嬉しくて、自分でも分かる程に顔に熱が集まって、絶対これ顔真っ赤だと確信して、それはもう焦った。菅原がすぐに走っていってしまって、本当に良かった。

「…なあ、みょうじさん」
『え、あっ、はい!』

いつの間にか菅原は前の席、澤村の席に腰を降ろしていて、後ろを向いて自分の机に両腕を乗っけていた。私が自分の世界に入っていたのが悪いが、いきなり私のことを女の子扱いしてくれた人が手の届くところで私に話し掛けてきたものだから、びっくりして、思わず座りながら椅子を後ろの席にぶつかるぐらいに引いてしまった。静かな教室に、派手な音がした。

「…やっぱり、」
『え?』
「みょうじさん、俺のこと嫌い?」
『ち、違うよ!!』

思わぬことを菅原の口から聞いて、動揺しちゃって机に手をついて立ち上がった。椅子が揺れる。目をまんまるくした菅原は立ち上がった私を見上げていて、しまったと思った私は小さく謝罪の言葉を呟き、静かにまた腰を降ろした。

『…違うんだよ。あの、その、…私ってさ、クラスの男子から、女の子扱いされてないじゃない?』
「え…っ、それは違うべ!」
『アイツ等がどう思っているかは分からないけど、…見に見える形で女の子扱いしてくれたのが、その…菅原だったから、』

だんだん頭が下がってきて、自分の膝元を見ることになった。菅原の足も見えて、自分とは一回りぐらい大きさが違くて、ああ男の子なんだなあって思って、また恥ずかしくなった。私なんでこんな恥ずかしいこと考えてるんだ…。

『私、ああいうことされるの慣れてなかったからさ。あの、私の態度が嫌だったのなら、あや、ま…る…』

え、ちょ、菅原? 身体を捻って横を向く彼に声を掛けても返答はなくて、顔を覆う長い指の隙間から見える彼の顔は、それはもう真っ赤だった。

『え、えーと…?』
「……そんな恥ずかしいこと、いきなり言うなよな…」
『っ…! ご、ごめん…っ』

揃いも揃って真っ赤っかで、私は一体なんてことを言ってしまったんだと、顔を両手で覆って猫背になって自己嫌悪ルート突入。よりにもよって本人にくっちゃべるなんて…!! といますぐどこかの穴に入るか土に埋まるかの二択を本気で悩む程後悔していると、ガタリと音がして、菅原が椅子から立つ気配がした。一呼吸間をあけて、まあ、と澄んだ声が紡くのを聞いて、思わず顔を上げる。

「良かったよ、みょうじさんに嫌われてなくて、」

仄かにまだ菅原の顔は赤くて、はにかんだその顔に突然胸が苦しくなったのは、一体何の始まりか。

260819

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