雑食 | ナノ

「あー、暇だー」

いきなり私の部屋に上がり込んだ我が幼馴染みは、この前彼女にフラれたらしい。青葉城西バレー部は月曜は基本オフらしく、彼女にフラれたことで月曜は暇になってしまったらしい。前の月曜は、甥の子の付き添いをしたらしいけど。暇なら私のところじゃなくて、はじめちゃんのとこ行けよ。

『はじめちゃんはどしたの、はじめちゃんなら相手してくれるんじゃない?』
「えー、家遠いし、ヤダ、メンドクサイ」
『(私がめんどくさいわアホ)』

はじめちゃんこと、岩泉一の家は及川が言うほど遠くはない。でも、私と及川の家は向かい同士だから、その距離と比べてしまえば確かに遠いのかもしれない。

『人んちに来て暇だとか、失礼だとは思わないのかな、及川クンよ。ベッドも占領しやがってさあ…』

幼馴染みといえど、人のベッドに寝るのはやめたほうが良いと思うのよね、私。というか、私じゃなくても思うと思う。イケメンだからって何でも許されると思うなよイケメン。てか私女だぞ、女のベッド占領するとかどうなの。

「え〜、じゃあ一緒に寝るなまえ?」
『サムい、死んで』

人の良い笑顔を浮かべてキラキラしたのを振りまく及川が、どーぞ、と手を向けてくるから、顔を思いっきり歪めてその手を払いのけてやった。痛いとか何とか言ってたけど、そんなの知るか。それで潔く諦めるだろうと思っていたのだけれど、及川はそれでは飽きたらなかったみたいでベッドに手をついて身を乗り出してくる。

「恥ずかしがらなくて良いからさ」
『は、ずかしがってねぇよ今すぐ速やかに死ねよおま…っちょ!』

口調は軽いのに、及川の冗談じゃないような目にびくりとして、じり、と足を後退させかけたけど、残念ながらそれは少し遅かった。一瞬にして腕を掴まれて、ぐいと及川に引かれて、バランスを崩す。思わず目をきつく瞑ると、衝撃が一度。衝撃と言っても、びっくりしただけで全く痛くない。そうっと目を開けると、及川の肩が視界いっぱいに見えた。目の前の肩が揺れて、彼が呟く。

「へぇ…なまえも女の子なんだね」
『(っ…こいつ…)』
「柔らかいし、何か良いにおいするしさあ…」
『ちょ、っと…!』

衣擦れの音がして、二人分の体重を支えるベッドから軋む音がして、まるでイケナイコトをしているような気分になって顔に熱が集まる。そして何でそんなこと考えてるのか恥ずかしくなって、なお顔が熱をもつ、そんなエンドレス。
自分の部屋なのに及川のにおいがして、ちょっと変な感じがした。その、恐らく制汗剤だのと混ざったのだろう香りが、一層濃くなったと思ったら彼の声が妙にクリアに聞こえて、奴の唇が私の耳に付くんじゃないかと思うくらい至近距離で、及川は呟いた。

「香水とか、つけてないよね?」
『つけて、るわけないでしょ…っ!! 離して!!』
「やーだ」

くすくす面白そうに耳元で笑う及川。小さい頃はなかった力の差が、くやしかった。私のこの程度の力じゃそういうことにはならないと思うけど、もしも怪我をさせてしまったら、と最悪なことを考えてしまって、彼を突飛ばしたりはできなかった。それでもどうにかして逃げようと試みても、手首を簡単に取られてしまって、無駄に終わる。何回かそんな抵抗を繰り返して、心身ともに疲れてきてしまった。あれ、なまえ? と及川が顔をのぞいてくる。…もういっそのこと、このままでいるかーー。

「なまえー? はじめちゃんが来てくれたわよー」
『!』
「げ! なまえ!ちょっと!」
『え、あっ、ちょっ』

ギシギシと及川が慌ててベッドから降りて、私の肩を掴んで無理矢理寝かせる。素早いその一連の行動になされるがままになっていたら、ガチャリと私の部屋の扉が開いた。

「……お前等二人してなにやってんだ?」
「お、岩ちゃーん。なまえが眠いって言い出してねー、なまえに寝られると俺暇だから、邪魔してた」
「迷惑だなおい。でも、随分大きい音してたじゃねぇか」
「あー、なまえが“徹ちゃんも一緒に寝よ?”って甘えてきてねー。ほんと困っちゃって!」
『もう勝手に言っててクダサイ…』
「なまえ? どうした?」
『どうしもしないからダイジョウブ…』

260925

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テーマ「人外ファンタジー」
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