雑食 | ナノ

『……眼鏡、』

邪魔だなあ。
ぽつりと、何気なく呟いた言葉。

つい一時間程前にお昼ご飯を食べて、丁度眠くなってくるこの時間帯。この時間の授業である古文の先生は、ちょくちょく学校を休む。クラスメイトの話によると、そのクラスメイトがこの前大学病院で、古文の先生を見たという。何でも先生のその手には、漢方薬らしきものがあったらしい。
「どこか悪いのかなー」と、その話を聞いた友人は心配気にもらしていた。彼女は古文も、その先生も好きらしい。何でも、授業が分かりやすいんだとか。まあ私は、古文の授業なんてボーッとして過ごしているから知らないけれど。
古文はその先生がちょくちょく休むせいか、進むスピードが異常に速いのだ。それに授業時間は他の教科より数段少ないというのに、授業内容は一番進んでいるという要因がよく分からない事態になっている。不思議だ。

『(どうしよ…眼鏡外そっかな…)』

それはそうと、今私は昼寝をしようとしている。いつもは自習課題があるのにも関わらず、今日は珍しく何も課題が出されていないからだ。

眠ろうと机に突っ伏すと、腕に眼鏡が当たる。横を向けばその心配はないのだが、そうすると隣の席のクラスメイトに寝顔を見られてしまう。それは嫌だ。
お前の寝顔なんて誰も見ねーよ、と言われてしまえばそれで終わりなのだが、嫌なものは嫌だ。例え自意識過剰と言われても、嫌なのだ。

『……』
「眼鏡、外すの?」

突如鼓膜を揺らした、周りの騒音より遥かにはっきりとした声に、はたと思考を止める。そのまま視線をずらせば、左隣のイケメン眼鏡クンと視線が交わった。何か笑ってる。

『えっと…』
「外せばいーじゃん」
『…学校じゃ外しにくくない?』
「…そーなの?」
『そうなの』

同じ眼鏡を掛けている同士、私の気持ちに共感してくれるかと思えば、とんだ思い違いだった。やっぱり、男と女じゃそもそもの考え方が違うのか…。

『……』
「ん、なに?」
『……いや』
「ははっ、俺があまりにもイケメンだから見とれちゃった?」
『は?』
「はっはっは」

……、
彼が見事な笑顔で言い放った言葉に、間髪入れず不快感をモロに露にした返答を、語調を強めて返せば、御幸は誤魔化すように乾いた笑いをこぼした。
…イケメンなのは認める。御幸は正真正銘イケメンだ。が、……うざい。

『…御幸って試合中コンタクトなんでしょ? 何で普段からそうしないの。眼鏡邪魔じゃない?』
「お、みょうじ俺のことよく知ってんね。もしかしてファン?」
『……』
「はっはっは、冗談冗談」
『(……うざい)…御幸の本物の、ファンの子達が言ってたのが聞こえたの、…たまたま』
「へぇ…たまたま、ね」
『…なによ』
「はは、べつにー」

本物の、というところで語調を強めて強調すると、楽しそうに御幸はレンズ越しに目を細めた。袖を捲った頬杖をつく腕を見ると、ああ野球部なんだな、と変に実感がわいた。

「んー…、そりゃあな。邪魔だわ。でも、慣れちったからなー、そう簡単にはいかねぇのよ」
『、ふーん』
「そうだ、みょうじも思わね?」
『…なにを』

どうせ下らないことなんだろうな、とあんまり期待しないで御幸に焦点を合わす。緩くカーブを描くそれに注目していると、彼の唇は思いがけない単語を発した。

「キスするときとか、眼鏡邪魔だろうな、ってさ」

御幸は少し私の方に身を乗り出して、意地悪くそう言ってきた。その甘い声と口元の色気も相まってか、彼がその二文字を口にすると、…なんか、えろい。

『っ…!』
「わ、顔真っ赤っか」

わざとらしく目を丸くする御幸からすぐさま距離をとって、逃げるように机に突っ伏した。焦っていたせいか、眼鏡が机上にぶつかった。

「はっはっは、みょうじかわいーのなー」

左から聞こえる馬鹿にされたような言葉に、さらに顔が熱くなる。腕の隙間から密かに様子を窺うと、ニカッと笑う御幸が見えた。

260425
御幸の性格の悪さがドストライクです。眼鏡素晴らしい。

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