雑食 | ナノ

『輪』の貳號艇には図書室がある。壱號艇にもあることにはあるが、艇長の朔さんの人柄からか、それはもはや図書室とは呼べない有り様になっているそう。壱號艇の喰くん曰く、誰も滅多に入らないから、埃まみれで物置小屋になってるんだよね、らしい。普通なら羊、壱號艇なら兎が掃除をするものなのだが、朔さんが図書室だけ、別に誰も入らねぇし、やらなくて良いぞ、と大分前に兎に命じたものだから、結果、図書室が荒れているようだ。それとはうって変わって貳號艇の図書室は、それはそれは綺麗だ。この風景を見る度、艇長が平門で良かったと安心する。

「本当にナマエは本が好きだな」
『っわ…っ!お、驚かせないでよ…!』

驚きのあまり肩をビクリと跳ねさせて、声を上げてしまう。振り返ると、いつものように食えない笑みを湛えた平門がそこにいた。手から滑って落ちた本を拾い上げると、平門が山積みになっていた本の一つを手に取っていた。

「植物、か」
『ええ。喰くんの勧めで書物を読んでみたら、案外興味深くて。今日もこれから彼の温室を見せて貰いに行くの。ふふ、今日は一体どんな植物を見せてくれるのかしら…、楽しみだわ』

前回彼の植物を見せて貰ったときのことを思い出し、期待を込めて微笑む。中の数ページに軽く目を通した平門から、本を差し出される。受け取る際ふと目線を上げると、いつの間にか彼から食えない笑みが消えていた。何か言いたそうに口をつぐみ、眼鏡越しに目を細めている平門。
どことなくいつもの余裕さが消えているような気がして、何か、恐い。

「…平門?どうし、たの?」

恐る恐るいつもと違う彼へと腕を伸ばすと、突然その腕を掴まれて椅子から強制的に立たせられる。背中に衝撃が走った。直後に本が崩れ落ちる重い音。椅子が倒れる。

『ちょ、っと…!いきなりな…!』
「楽しそうに他の男のことを話すお前を見て、平常心を保っていられる訳ないだろう」
『はあ!?…っんっ!』

冷たい机上に押し倒されぐっと顔を近付けてきた平門に、反論する間も無く口を荒々しく塞がれた。目を見張って抵抗しようと彼の肩を掴むも、すぐに引き離され指を絡め取られる。
そのまま両手を机に縫い付けられたので、一切の抵抗が出来なくなった。ぼうっとした頭でやっと唇が離れたと安堵したのも束の間、突如として首にチリッとした痛みを感じた。

『え…、ちょ、まさか…っ』
「喰は目も勘も良いからな、バレないように隠せよ」
『(お前がつけたクセに…!!)』

いつものようにクスリと笑って、私の頬をするりと撫でてから離れていく平門。どこにつけられたのか、今手元に鏡が無いから分からないが、首筋のソレを隠すように手を当てながら恨みがましく彼を睨む。が、彼は気にした素振りの一つも見せずに入り口へと歩いて行った。







「あれ、みょうじちゃん蚊にでも刺されたの?」
『え!?』
「ほら、首筋」
『あっ、ええ!そういえば痒いかも!』
「…ああ、平門さんか」
『っ…!』
「…ナマエちゃん、僕と浮気してみない?」
『しししません!』

250816

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