軽い彼 | ナノ



『なんでこんなにちょっかい出されるんかなあ…』

帰りのHRも終わり、私達二人だけになったがらんとした教室。
机に突っ伏して、両腕をだらんと力なく垂らす私の横で、修造はぺしぺしと紙かなんかで頭をはたいてくる。

「だっから、この優しい幼馴染みさまが黄瀬のやつシメとくかって言ってんじゃねぇか。な? どうする? シメるか?」
『…有り難う、でもやめてね、修造』

のっそりと顔だけを上げてそう言うと、修造は元から恐いその顔をしかめて、極めつけと言わんばかりにぺしんと、最後にもう一度私の頭をはたいた。思わず目をつぶる。

「…嫌じゃねぇか」
『うん、嫌じゃないよ』
「…アイツ、…黄瀬のやつは、軽いかんな。かりぃから、変なこともすぐしてくる。…嫌だったらすぐ言えよ」
『うん…、分かった』
「…それと、黄瀬に会ったら言っとけ、部活来いってな」
『ん、りょーかいです』






『(軽いから、変なこともすぐしてくる、かあ……もうされてから言われても、遅いよなあ…)』

中庭の芝生でごろんと仰向けになって、黄瀬くんと初めて会ってからのことを思い出す。

初めて会ったのは、音楽室。
あのときは、いきなり腕を引かれて囁かれた。ぞわりと身の毛がよだったのを、今でも鮮明に覚えている。
次に会ったのは、図書室。
今度は煩く出来ない空間で、意地悪くも耳に唇を押し当て囁いてきた。これにも肌が粟立ったのを明確に覚えている。

特に大きな出来事を挙げるとしたらこのぐらいだが、廊下ですれ違えば声を掛けてくるし、放課後音楽室に顔を見せたりしてくる。
…思えば、昨日、あのとき。黄瀬くんはなんて言ってたんだろうか。動揺のあまり、図書室から飛び出したこと以外覚えていない。

『……なんだっけなあ…』
「何がっスかー?」
『  』

のんびり流れる雲を眺めていた筈なのに、空を遮って黄瀬くんが現れた。これには私も突然のこと過ぎて、心臓が飛び出るんじゃないかというくらい吃驚した。
ばくばく跳ねる胸を押さえ、飛び起きた私を黄瀬くんは、クスクス笑って視線を合わせるかのように側にしゃがんだ。逃げようかとも思ったが、この距離では無理だ。

「あれ、今日は逃げないんスね、先輩」
『…きみは私に逃げて欲しいんですか』
「んー、どっちでも。逃げても良いけど、俺すぐ捕まえられるし、それに、俺逃げられると燃えるタイプっス」

そうにっこり笑う後輩に、内心うわー、とか思った私である。
心中を悟られないように彼に用件を問えば、「あれ、なんだっけ…」と眉をひそめるではないか。どんだけだ。

「…ああ! そうそう。なまえ先輩、今度デートしようよ」
『…は? 何故?(突然過ぎるし意味分からん。こいつほんと何なんだ)』
「そりゃあ、俺がしたいからっスよ。ね、駄目?」
『……(答えなんて、決まってるじゃないか、)』

“嫌です”その一言を言えば良いのに、何故だか口がその言葉を紡いでくれない。思えば、最近の私は何かが変わった。朝会で二年生の方を見れば、黄色を探している。授業中、外で二年生が体育をしていれば、黄色を探す。

…そう、無意識に黄色を視線で追うようになったのだ。
気付けば、黄色を追っている。こんなの、…コイツに会ったからに違いないじゃないか。

『……』
「…しょーがない。じゃ、デートしてくれたら、これから会わないっス」
『、え…』
「会わないから、一回だけデートしてくれないっスか?」

さりげなく私の手に自分のそれを重ねて、苦しげにそう問い掛けてくる黄瀬くんは、ズルいと思う。それに、私とデートしたがるなんて、バカだ。
…ああ、違う。その問い掛けに頷いてしまった私の方が、もっとバカだ。

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