『真太郎さんお願いです』
「嫌なのだよ」
私をその翡翠に映すや否や、煩わしそうに眉をひそめる真太郎さん。何故だかその場から逃げようとするので、制服のブレザーをしっかり掴んでそれを阻止しました。
『まだ何も言ってませんよ!!』
「どうせろくでもないことだろう」
はっ、と吐き捨てるようにそう口にする真太郎さん。何だか見下されてる気が。
というか後輩と話す度思うんですけど、私後輩からあまり先輩扱いされていない気が…しないでもないです。悲しい。
『……イ、イエ。大真面目なことに、きっ、決まってるじゃないですか!』
「その間は何だ、何故どもる、目が泳いでいる理由をどう説明する」
『うっ…』
そう的確に痛いところを次々に指摘されて、じろりと極め付けに睨まれました。ああ、美人さんが台無しです。
これじゃ私の頼みを了承してくれそうもないなと思いながらも、僅かな希望を持って口を開きました。
『真太郎さん! 私の偽彼氏になって下さい!』
「断固拒否する」
『酷い!!』
希望がいとも簡単に打ち砕かれました。
少しも迷うことなく即答した真太郎さん。昔は私の後ろにくっついて離れなかった、あの真太郎さんが…。
昔のことを思い出しながら傷心に浸っていると、真太郎さんは私の手を払い退けてスタスタと廊下を歩いて行ってしまいました。悲しい。
毎度のように周囲を確認しながら、私は購買部に行ってきました。今はその帰りです。しかし。
『何ですかこの状況!!』
「声大きいですよ、みょうじ先輩」
『いやその前に離しましょうよ赤司くん!』
「嫌です」
赤司くんに会わないようにと、敢えて人通りの少ない階段を使ったのが悪かったのでしょうか。運悪く会ってしまいました。
こうなるなら、虹村主将か友人にでも着いてきて貰えば良かったです。
…いや、友人は駄目ですね。事あるごとに「赤司くんカッコいい」とか言ってる子ばかりですから。
「本当に先輩は分かりやすいですね、待ち伏せするのも容易でした」
『(待 ち 伏 せ)』
にっこりと笑う彼は、踊り場で私の両手を壁に纏めて押し付けながら、そう言います。
今の私の状況はアレです。いわゆる壁ドンとかいうヤツです。早く教室に戻ろうと階段を登っていたら、いきなり視界に赤いものが見えました。と次の瞬間気付いたときには、この状況が出来上がっていました。
「ねえ、先輩」
『な、何でしょう?』
私が恐ろしげにビクビクしているから、赤司くんはおかしそうに笑います。後輩にこんなところを見られて笑われるのは少々アレですが、というか最近、赤司くんが後輩だということが不思議でしょうがないんですよね。
私は恥ずかしさ以上に目の前の後輩に何をされるのか分からなくて、不安でたまりません。
「俺、この前の返事先輩から聴いてないんですよ」
『え、あ…、そういえば…』
好きだと言われたけれど、私はその返事を、まだしていません。好意を示してくれたのにそれに返事をしないというのは、人としてどうなんだと人間性を疑います。
だけれども…どうしましょう。
一体、私はどう答えれば良いんでしょう。どんな言葉が、一番最善なんでしょうか。
『えっ…と、ですね…』
頭をフルに回転させる反面、女の子のような赤司くんの顔の綺麗さに、思わず息を呑んでしまいます。彼は、恐ろしいぐらい顔が整い過ぎている。
『…あの、わ、私、真太郎さんが好き、なんです。だから…』
真太郎さん、ごめんなさい。
心中で手を合わせながら、小さな声で赤司くんに言いました。何だか彼を見ていられなかったので、思わず視線を階段へと逸らしてしまいました。
どくんどくんと胸が震えます。罪悪感、からでしょうか。それとも――、
「本気、ですか」
『えっ』
思わぬ返答に驚いて、赤司くんの顔を見ます。彼と目が合ったまま、固まりました。
なんか恐い…です。
「本気なら、俺の目を見て言えますよね」
やっぱり、恐い。
表面上は一見いつものように冷静で、怒気を露にしていないけれど、目が恐い。
こんな赤司くん、私は見たことがない。
「…あれ、なまえ先輩と赤司っち?」
突然聞こえた後輩の声に、ああ死にましたね、と思いました。
赤司くんが黄瀬くんの方を見た一瞬の隙に、文字通り転がるように階段を下りて走りました。追い掛けてこられたら終わりですが、それは杞憂に終わりました。
黄瀬くん、ごめんなさい。そしてありがとう。
250318