図書室の奥の、特等席。 | ナノ

先日衣替えも済ませ、初夏の気配がうっすらと窺える時期。季節は夏とは真逆な梅雨へと突入し、じめじめとした空気が校内を漂う中、図書室だけは以前として清廉とした雰囲気に包まれていた。
昨日は居なかったから、今日ももしかしたら居ないかしら、と微量の期待を胸に、本棚の隙間に目を凝らす。
良かった、今日は居るみたいね。

『あら真太郎くん。居たのね』
「…こんにちは、」

「こんにちは」努めて平然を装い、本棚の影から顔を覗かせる。そのまま真太郎くんへと微笑み掛けると、途端、不機嫌そうに眉を寄せられてしまった。
ああ、嫌われちゃったかな。苦笑いをこぼしながら机の方へと歩み寄り、彼の正面の席へとなるべく音を立てずに座る。
今日は、真太郎くんが例の特等席に座しているのだ。

「…何ですか」
『ふふ、別に、何でもないわよ? …ああ、ちょっと訊ねたいのだけど、金属の栞を知らないかしら?』

「この間、ここに置き忘れたのかと思って」そう首を傾けて頬に手を当て、困ったように眉を下げる。
机上の本へと目を下ろしていた真太郎くんは、キリがいいところまで読んだのか、普通の紙製の栞を挟んで本を閉じた。そして彼は、さも困ったような振る舞いをする私を、呆れたような視線で窺い見た。

「宮島先輩にしては、とても分かりやすい確信犯ですね。誰かを欺くなら、もっと上手くやるんだろうと思っていました」
『あら、それは誉め言葉かしら。有り難う。…そうね、貴方の言う通り。本当に欺くなら、もっと上手くやるわ、私は』

そうにっこりと満面の笑みで彼に微笑み掛けると、真太郎くんはすぐに視線をどこかへと外してしまった。それを少し残念に思いながらも、隣席に置いておいた自分の鞄の中を、何やら探り始めた彼の手元を眺めた。

「これ、ですよね」
『ええ。有り難う、わざわざハンカチに包んで持っていてくれるなんて』
「っ…い、いえ」

そうお礼を言って彼の手のひらの栞を受け取ると、またもやすぐにそっぽを向いてしまう。でも今度は、仄かに顔が赤い。
照れ隠しか何かなのか、ずれてもいない眼鏡のブリッジを押し上げる真太郎くんを眺めながら、机に頬杖をついた。
手が少し触れただけで真っ赤になるなんて、随分可愛らしい男の子だこと。

『…私も一年生のときにね、そのときの三年生の先輩に同じことをされたのよ。この栞で欺かれるのはもう、この図書室の奥ばったところを見付けた生徒達の、伝統みたいなものね』

「まあ、下らないことなんだけれど」そう笑みをもらして、懐かしそうに目を細める。その瞳には若干、寂しさや悲しさという感情に似た、不思議な色が浮かんでいた。
こんな話にすら、生真面目に耳を傾かせてくれる真太郎くんを見て、本当に真面目で優しい子なんだと再確認する。そんな私の思惑を知らない彼は、私の話が終わったことを確認して、先程栞を挟んだ本を開いて読書を再開した。

『(…卒業…か、)』

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